琵琶湖北端の余呉湖畔に、ひっそりと佇むオーベルジュ「徳山鮓」。伝統食の“鮒ずし”をはじめ、湖北の豊かな食材と食文化に根差した独自の発酵料理が評判を呼び、国内外のトップシェフたちがこぞって訪れるデスティネーション・レストランとしても注目を集める存在です。今回は、そんな名店が祭に降臨!冬~早春のスペシャリテとして知られる熊鍋を、“発酵の伝道師”とも呼ばれる店主の徳山浩明さんが自ら会場で調理し、振る舞います。
「徳山鮓」の目の前に広がる余呉湖は、琵琶湖の北に位置する周囲5kmほどの小さな湖。鮎や鯉、鮒、鰻、ワカサギなど天然の湖魚が多く棲み、周囲を山々が囲む自然環境から、春の山菜から冬のジビエまで豊富な山の幸にも恵まれる。
“湖北”と呼ばれる地域一帯は冬の積雪量が多く、湖に近いことから年間を通して湿度が高い。そのため、古くから保存のための発酵食づくりが盛んで、鮒ずしに代表される熟鮓の食文化が根付いてきた。
店主の徳山浩明さんは、この余呉湖畔で釣り民宿を営む生家に育ち、京都の料亭で料理人修業の後、2004年に現在の「徳山鮓」を創業。発酵学の権威である小泉武夫氏と出会い、郷土の発酵食の豊かさに改めて魅了されたことが、発酵料理オーベルジュを立ち上げるきっかけになったという。
「ずっと考えてきたのは、現代に合う発酵料理とはどのようなものかということ。鮒ずしがどんなに素晴らしい発酵食品であっても、『臭い』『嫌い』と敬遠されては意味がありません。納豆のように『クセがあってもおいしい』と受け入れていただけるよう、発酵の温度や湿度を調整し、食材の組み合わせにも工夫を重ねてきました」
たとえば、鮒ずしの卵の部分だけをチーズや洋風のジュレと合わせてアミューズ風に仕立てたり、半熟れのサバとフロマージュを盛り合わせて同じ乳酸発酵の旨味でつないだり。鮒ずしを漬け込む“飯(いい)”は、料理やデザートの具材としてフル活用する。これも、徳山さんの試行錯誤から生まれたアイデアだ。
一方で、自然の営みに最大限の敬意を払う素材づかいも、「徳山鮓」の発酵料理ならではの特徴だ。祭メニューに登場する“熊鍋”が、その象徴といえる。
いまや冬のスペシャリテともなった“熊鍋”に使われる肉は、主に湖の周囲の山に棲む冬眠前のツキノワグマ。毎年11月から2月の猟期中、地元の猟師が討ち取った熊を引き取り、徳山さん自身や家族の手で解体・加工を行う。
「熊さんは新鮮さが命なので、その日のうちに血抜きと解体を。雪が積もる冬眠時期まで、仕事の終わった夜中にせっせと熊をさばく日が続きます(笑)」
体のサイズは70kgから150kgまでとさまざま。個体の大きさで脂ののり方が違い、年ごとのエサによって肉質も変わるため、一頭一頭の状態をよく観察しながら、脂のりのよいロース部分を鍋に使う。残りの肉や内臓など、食べられる部分は塩蔵し、夏場に向けたシャルキュトリなど、保存食にふさわしい発酵をほどこす。
「命をいただく以上、感謝の気持ちをもってすべてをいただくこと。発酵と自然の営みは、常に深いかかわりで結ばれている」という徳山さんの発酵哲学を体現する、懐深き料理でもあるのだ。
普段は余呉でしか体験することのできない「徳山鮓」の進化の料理を、ぜひ会場で味わって欲しい。
※当日は内容や盛り付けが変更になる場合もあります。
文:堀越典子 撮影:石井小太郎、武井義明、松井ヒロシ