南インド料理の伝道師、沼尻匡彦さんが営む「ケララの風モーニング」からは、ケララ州などに伝わる牛肉のアチャールが登場。酸味が効いたスパイシーな味わいはおつまみに最適です。
「ケララの風モーニング」からはインド南部のケララ州などに伝わる牛肉のアチャールが販売される。
アチャールとは平たく言えばインドの漬物。南インドでは酸味を効かせてつくることが多く、おかずに添えるのが定番だ。現地では玉ねぎやニンジン、苦瓜などの野菜のほかに、肉や魚でもつくることが多いのだとか。でも、インドでは神聖な牛の肉は食べないのでは?
「ヒンドゥー教の戒律では神聖な牛の屠殺は禁止されています。ただし、イスラム教徒とキリスト教徒が多いケララ州は屠殺が認められ食べることができる。現地では鶏肉や山羊よりも安いため、牛肉の料理が案外たくさんあるんですよ」と店主の沼尻匡彦さん。
宗教とも深く関わるインド各地の料理は、日本人が考えるよりも多様で複雑。そんな一面をこの牛肉のアチャールで伝えたいのだという。
さらに、当日は南インド料理の必需品であるフレッシュカレーリーフも販売される。カレーリーフとは独特の香ばしさとほのかにスパイシーな芳香をもつハーブ。テンパリング(油で加熱して香りを引き出すこと)して仕上げに加えると一気に南インドの味になる魔法の葉っぱだ。今回、販売されるのは、沼尻さんが栽培の普及に関わった沖縄県産のカレーリーフだ。本格的な南インド料理に挑戦したい人はこの機会にぜひ購入しよう。
インド料理と一口に言っても地域によって料理はさまざま。そのなかで、ここ数年で身近になったのが南インド料理だ。米を主食とし、魚や野菜をよく使う彼の地の料理は日本人に親しみやすい。その親和性にいち早く気づきコツコツ広めた功労者が、沼尻匡彦さんである。
南インドの味に開眼したのは今から40年ほど前。商社に勤務していたときにケララ州に赴任したのがきっかけだった。帰国後は会社員を続けながら、現地の味を再現する食事会を250回以上開いて普及に努めてきた。
フレッシュカレーリーフなど、現地の料理に欠かせない素材は、今でこそインド食材店などで買うことができるが、沼尻さんが南インド料理の普及を始めた当時は入手が極めて難しかった。
そこで、人づてで苗や植木をかき集め、種を取っては増やして無料で配り続けた。その数は、18年間で1000株以上!香り豊かな南インド料理を味わえるのは、地道な活動の賜物なのである。
そもそもフレッシュカレーリーフの魅惑的な香りは、乾燥すると失われてしまう。
そこで沼尻さんはまたしても一念発起。生葉の香りを引き出して塩に移すという画期的なアイデアで、今までにない商品「カレーリーフソルト」を開発したのである。繊細な香りを楽しむには仕上げにかけるのがお薦め。天ぷら、おにぎり、冷奴など和食にも合い、「納豆にカレーリーフソルトとオリーブオイルを混ぜてもおいしいですよ」と沼尻さん。カレーリーフの新境地が楽しめそうだ。
日本人にとっては未知な味を追求してきた沼尻さんは、南インド料理の伝道師といえる存在だ。その功績の一つにはミールスの普及もある。ミールスとはライスに複数の“おかず”を添えた南インドの定食。2008年に「ケララの風」を開き、その3年後にはミールスに特化した「ケララの風Ⅱ」として再出発。お代わり自由の現地スタイルを踏襲した店には長蛇の列ができ、11種の料理を毎日200人前ずつ仕込んでいたそうだ。
ミールスが多くの人に知られるようになった現在、力を注ぐのはインドの軽食“ティファン”の普及である。2019年にはメニューと店名を一新。ウーラッド豆のペーストをドーナッツ状に揚げた“ワダ”、ウーラッド豆と米でつくった生地を発酵させて蒸した“イドゥリ”など素朴で優しい味わいにじわじわとファンが増えている。
「インドの軽食が広まって、カフェのメニューに加わる日が来たら最高ですね」と沼尻さん。南インド料理の伝道に終わりはないのである。
※当日は内容や盛り付けが変更になる場合もあります。
文:上島寿子 写真:伊藤菜々子、キッチンミノル