焼いて良し、煮込んで良し、揚げても良しの頼もしい食材、じゃがいも。そんなじゃがいもを使った、冬につくりたい名店のレシピを3つご紹介します。1つ目はフレンチの名店がつくるグラタンです。
寒い日に熱々を頬張ればそれだけで幸せ。グラタンは“ムード”の食べ物だから正直味に大差なし!などと思っていた、愚か者の私は、「コム ア ラ メゾン」のじゃがいものグラタンに、見事に打ち砕かれた。
「コム ア ラ メゾン」は、食を愛する紳士淑女に深く信頼される赤坂のフランス料理店。南西部の郷土料理に特化した珠玉のメニュー12皿の一つに、じゃがいものグラタンが輝いている。その黄金の一皿を初めて食べたとき、真っ先に“完璧”の2文字が浮かんだ。ホクホクと存在感のあるじゃがいもに、うっとりなじんだクリーム。その表面を香ばしいチーズが歯ざわりよく包んだ一口は、今までボヤけていた「グラタンにおける美味」にカチッ……と焦点を合わせ、そのど真ん中を貫いた。しかもまるで飽きがこない。濃厚なのに食べ進めるほど夢中になるこの味、一体、涌井勇二シェフは何をしてくれたのか。何がどうしてこうも違うのか。
「特別なのはチーズくらい。オッソー・イラティという南西部でつくられる羊のチーズで、グッと土地の味になる。でもそれ以外はありふれた食材ですよ」
むしろ、バターも牛乳もスーパーで買えるスタンダードなものが良い。
「僕が求めるのは、素材ありきというよりも、シンプルな日常の料理なんです。色気づいた高級な味は、現地の家庭料理からかけ離れてしまう」
日常の味を愛し、素材に頼らない。涌井シェフのグラタンは、その分、きわめて丁寧な仕事に支えられている。
「たとえば塩はきっちり効かせること。そうでなければクリームが重たくなり、食べ進められません。とにかく全体のバランスが大切なんです」
だからこそ重要なのは調理の均一性。
「じゃがいものスライスも、火入れも、とにかく均一を心掛けます。不均一な要素があるとそこから美味しさのバランスが崩れてしまいますから」
完璧なバランスで“会心の出来だ!”と思えるのは、この味を16年つくり続けてきた涌井シェフですら年に一度くらい。日々変化する食材を前に安直な完成などない。だから飽きることもない。「コム ア ラ メゾン」のメニューリストが開店以来一度も変わらない理由に触れた気がした。シンプルな完全体を追求し続ける、涌井シェフの美味。私に再現できるだろうか……。
「1万回くらいつくったら美味しくできると思いますよ」
と、真顔の涌井シェフ。完璧グラタン道に近道はありません!
じゃがいも | 2.3kg(メークイン) |
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にんにく | 30g(かなり細かいみじん切り) |
無塩バター | 270g |
生クリーム | 800~900ml(乳脂肪分38%) |
牛乳 | 600~700ml |
オッソー・イラティ | 適量(薄く削る。グリュイエールチーズなどでも代用可能。) |
塩 | 適量(サラサラしたタイプ) |
ピマンデスペレット | 適量(バスク地方の唐辛子。なければ胡椒でOK。) |
①バターは2cm角に切り、鍋に広げる。できれば鍋は蓋付きで、そのままオーブンに入れられるものがよい。
②じゃがいもは皮をむき、スライサーで厚さ4mmに切りながら鍋に入れる。粘りを保つため水にはさらさない。
③じゃがいもを均等に広げて、生クリーム、牛乳を入れる。水分はギリギリにひたる位。多すぎも少なすぎもダメ。
④にんにく、塩(しっかりふたつまみ)、ピマンデスペレット(ふたふり)を加え、中火にかける。火が入るとじゃがいもから水分が出るため、かなり強めに塩を効かせてよい。
⑤沸騰するまでできるだけかき混ぜずに様子を見る。オーブンに入れる前に、鍋の中の温度を上げておくことで、じゃがいもに均一に火が入り、調理時間も短縮できる。
⑥熱が入るとじゃがいもから水分が出てくる。鍋肌のクリームが、ふつ、ふつと沸いてきたら、準備完了。
⑦蓋をして、予熱をしておいた180℃のオーブンへ。オーブンがない場合、厚みのある鋳物の蓋付き鍋を使うなど工夫して全体に熱を回す。
⑧時折、オーブンから取り出して(8~10分に一度)、じゃがいもを崩さないように鍋の外側と内側を入れ替える。
⑨クリームにとろみがつき、じゃがいもがスッと割れたらベースの完成。味見をして、必要なら塩で味を調える。煮込みすぎに注意!
⑩じゃがいもが崩れないように丁寧にバットへ移す。自然に流れ落ちたものだけをバットに集める。
⑪すべてのじゃがいもがクリームにつかるように均等になじませる。常温で完全に冷ましてから、冷蔵庫で一晩ねかせる。
⑫直径15cmほどの小ぶりのグラタン皿を用意し、中心が少し高くなるように、放射状にじゃがいもを敷き詰める。理想は高さ3cm。
⑬ピマンデスペレット少々をふり、薄く削ったオッソー・イラティで表面を覆う。180℃のオーブンで10分ほど熱し、焼き色をつける。
⑭焼き色がついたらオーブンから取り出し、表面ににじみ出た余分な油を軽くきったら、完成!
文:平野紗季子 写真:日置武晴
*この記事の内容は2018年2月号に掲載したものです。