
一年に一度だけ、立春の日に造られる生原酒「立春朝搾り」。朝に搾った酒が酒販店へと渡り、その日に飲み手まで届くなんて、舞台裏ではどんなことが起こっているのだろう……!後編はいよいよ、立春当日の様子をお届け。せんきんから送り出された日本酒が、三益酒店のお客さんに渡るまで、「立春朝搾り」の終着点を見届けます。

【2月4日 3:00】
外は真っ暗だが、瓶場は一晩中フル稼働。酒販店の集合時間まではあと3時間半だ。

瓶場は4人体制で、瓶の洗浄、充填、検品、打栓というフローを回し、どんどん「立春朝搾り」がボトリングされていく。ラベル貼り部隊はとにかく寒そうで、温度計を見ると気温はほぼ氷点下。たった数分立っているだけでも足元が冷える。
「今年は全部で12,000本くらいですかね。一年に一度のお祭りみたいなものですよ。今日の午後はお休みになるので、ゆっくりお風呂に入りたいですね」とラベル貼りのスタッフさん。「寒いし、眠いですよ~」と笑いながらも、寒いほうがラベルがきれいに貼れるという豆知識を教えてくれる。「夏場は瓶が結露してラベルがふやけてしまうけれど、寒いとその心配がなくていいんですよ」。こんなに寒いし徹夜なのに、なんてかっこいいのだろう!
【2月4日 6:30】
いよいよ集合時間になり、続々と酒販店の車が酒蔵に入ってきた。三益酒店の佐藤由美さんの姿もある。


40以上の酒販店が集まり、応接ロビーのような空間で朝礼を待つ。不思議な緊張感と高揚感が入り混じるその独特の雰囲気は、まるでスポーツの開会式を待つ選手一同のようだった。
【2月4日 7:00】
酒販店が待つ応接ロビーに、薄井さんと杜氏が登場し朝礼がスタート。「おはようございます!せんきんの立春朝搾りを始めたいと思います」という開会宣言で、空気がキリリと引き締まる。朝倉さんの挨拶に続き、まずは各酒販店が自己紹介。続いて、薄井さんが挨拶をする。


「原材料のコストアップやお米の問題もあり、日本酒業界は今決して良いとはいえない状況です。問題はありつつも、今日は大変おめでたい日だと私は思っております。どうか無事にお帰りいただき、お楽しみにされているお客様や飲食店様に、ひと言でも多く伝えていただければと思っております」

杜氏からは『立春朝搾り』のスペックを発表。今年は程よい甘味を残すことができたので、蔵特有の酸味とあいまって、20年前の「仙禽」のような味わいに仕上がったという。「過去10年間の中で一番感触がいい出来です」という言葉に、全員の温度がグッと上がる。
【2月4日 7:30】
酒蔵のすぐそばにある今宮神社の神主が到着し、「醸造感謝祭」と名付けられた御祈祷が始まった。
シーンと静かな蔵の中、神棚の前に全員が整列し、神主が読み上げる言葉と共に祈りを捧げる。どうかたくさんの人にこのお酒が届きますように……自然とそんな思いが込み上がってくる。
【2月4日 8:00】
御祈祷を終えて外に出ると、ばっちり箱詰めされたお酒が準備されていた。空は快晴。最高の立春だ。
蔵人たちも総出で手伝いながらお酒を積み込み、酒販店が順々に帰路についていく。薄井さんはその一台ずつに声をかけ「お気をつけて」と送り出す。

【2月4日 8:30】
三益酒店の車にも、積み込みが完了。ここからは彼らに並走して、赤羽のお店へ向かう。


今年初めてせんきんの「立春朝搾り」を取りに来た三益酒店の佐藤由美さん。「眠れなくて3時に起きちゃいました!このお酒を無事に届けないといけない!という緊張感で」と朝からエンジン全開。三益酒店までは約2時間のドライビング。一樹さんたちに別れを告げ、いよいよ出発だ。


【2月4日 12:00】
途中、蕎麦店でサクッと昼食を済まし、無事に三益酒店に到着した。「到着したら、うぉぉーって動くので」と宣言されていた通り、お店に着くやいなや、待ってましたとばかりに店舗スタッフ全員が動き出す。
三益酒店は、三姉妹と家族が営なむ酒販店。ここからは息つく間もなく、スタッフの美しきチームプレイで次々と「立春朝搾り」がさばかれていく。
由美さんは店番をしながら、予約分と店頭販売分を仕分け。三女・美香さんは、店頭の冷蔵ケースに「立春朝搾り」を陳列していく。隣の角打ちの営業を担当している美香さんは、「今日は立春朝搾りが飲めるからと、予約もたくさん入っています」と教えてくれた。長女の美保さんチームは他蔵の「立春朝搾り」を担当していて、そちらの発送作業を進めていた。
【2月4日 13:00】
そうこうしているうちに、入荷の知らせをSNSを見た予約客がやってきた。ご近所さんや日本酒ファン、なかには「今日は配達が大変だろうから」と、大きなリュックを背負ってピックアップしにきたという飲食店の姿も。聖司さんは飲食店への配達に出かけていく。


今日の日を楽しみに待っていたお客の一人一人に、「ここ10年で一番おいしくできたそうですよ!」と伝える由美さん。直接杜氏から聞いたのだから、その言葉にも熱がこもる。ふらりとやってきたお客にもどんどんお薦めし、次々と旅立っていく「立春朝搾り」。

「私、このイベントが大好きなんです。酒蔵さんがこの日のために仕上げてくれたお酒を、楽しみに待ってくださっているお客様に届けられることがうれしくて。早くみなさんに飲んでいただきたくて、もうドキワクしています!」

酒蔵から酒販店、そして飲み手へ。こうして「立春朝搾り」は今年も無事に届けられた。取材後、舞台裏を知ってから飲む「立春朝搾り」の旨いこと!ここまでバトンを繋いでくれてありがとう。これを読んだあなたも、来年の立春の日が待ち遠しくなったのではないだろうか。

文・編集:井上麻子 撮影:阪本勇