
食いしん坊倶楽部メンバーで医師の平松玄太郎さんが、食いしん坊ゆえに気をつけたい健康について指南してくれるこの連載。今回は、食物アレルギーが重症化してしまうアナフィラキシーについてです。
皆さんはアナフィラキシーという言葉を聞いたことがあるでしょうか。アナフィラキシーの定義はアレルギーの症状が重篤かつ急速に発現したり、複数の臓器にまたがる症状が出たりすることとされています。我々医療従事者が仕事の中で「アナフィラキシー」と言った場合には、喉が腫れて窒息に陥ったり、血圧が下がって立てなくなるのを指すことが多いです。
救急集中治療医として、アナフィラキシー対応にあたる研修医に指導しているのは「ABCD」の評価です。
Airway(気道)が細くなって息ができなくなっていないか
Breathing(呼吸)がヒューヒューして苦しそうにしていないか
Circulation(血圧)が下がってフラフラになっていないか
Diarrhea(下痢)をしていないか
この4点です。この評価に則って診断し、患者さんごとに最も適切な対応を取っていきます。さらにもうひとつ重要な所見としては、皮膚の状態です。真っ赤になったり腫れてきたりすると、重篤ということになります。
アナフィラキシーは、自分の体がアレルゲンと認定した食物を単に口にしただけでも起こり得るのですが、食後の運動が引き金となってアナフィラキシーを起こしてしまうことがあります。「食物依存性運動誘発アナフィラキシー」という名称で、読んで字の如く、特定の食べ物を口にした後、概ね2時間以内に何かしらの運動をしたことが引き金でアナフィラキシーを起こしてしまうということです。
まず、起こしやすい原因物質=食物は、小麦と甲殻類。誘発してしまう食後の運動の上位3つは、球技・ランニング・歩行になります。えっ、歩行?なんて、ちょっと驚きますよね。実はあり得るんです。よく漫画やアニメでパンを加えたまま学校へ走っていく学生の絵を見ますが、実は教室に着いた後、倒れてしまった……なんてこともあり得るかもしれないのです。
アナフィラキシーが起きた場合、迅速な対応をしないと、最悪は命に関わる場合があるので救急要請してもらうしかありませんが、過去に起こしたことがある患者さんには「エピペン」といって、自分で太ももに刺すタイプの薬を渡していることがあり、もしかしたらご本人が持参している可能性もあります。本人がグッタリしていたら、周りの人が打つしかありませんが、この場合は事前に同意形成をしておく必要があります。ちなみに学校関係者は児童に打つことが許されています。医療従事者でない方が他人に注射を打つ心労は、お察し申し上げますが、2025年9月に同じ成分の点鼻薬が国内で製造販売承認を取得したので、それが学校現場に広まることを期待したいと思います。
私が過去に経験した症例を紹介すると、重症アナフィラキシーとしてドクターヘリが要請され、現場に向かった時にはすでに救急隊によりエピペンが打たれて一旦は症状が改善していましたが、すぐに窒息症状が再燃してしまい、口から管を入れることもできなくなったため、青空のもと気管に穴をあけて難を逃れたケースも存在します。
では一般の皆さんがどのようなことに気を付ければいいかを最後に述べたいと思います。第一に“特定の食べ物を摂ると何かしらの症状が出る”というエピソードをお持ちの場合、必ずその食べ物は避けてください。救急車で運ばれてくる患者さんの多くは「今日は大丈夫かと思った」や「もう平気かと思った」という方が多いですが、No根拠です。ではアレルギーを起こす前に血液検査をしておけばいいかというと、そういう訳でもありません。例えばある日ブツブツが出て、きっとアレルギーだろうと思い血液検査をしたところ、特定の食べ物に弱陽性の反応が出ていることがわかったとします。この時、その物質によって本当にアレルギーが出たのか、弱陽性なので本来は症状が出るはずもないのにたまたまそのタイミングで蕁麻疹や湿疹が生じただけなのかが判然としないからです。
ちなみに私自身の話をすると、花粉症の治療を始める際に担当医に言われるがままアレルギー検査を受けたのですが、スギが強陽性なのは予想通りでしたが、何とエビが弱陽性でした。しかし過去にエビを食べた後に何かしらの症状が出たことはなく、今でも食べまくっていますので、自分ではエビアレルギーとは判断していません。
アレルギーはまだまだ病態が不明な部分も多く存在し、確定診断に至らないケースがかなりあります。大人になってから発症するケースや逆に大人になってから発症しなくなったケースもありますし、体調次第で症状が出たり出なかったりする方もいます。どう考えてもアナフィラキシーなのに検査をしても何も引っ掛からないことも臨床現場ではよくあります。またマイナーな物質や稀有な発症様式まで入れると、アレルギーのバリエーションは相当な数になります。今でこそアレルギー科が当たり前の時代になりましたが、地域によっては未だに皮膚科や呼吸器や小児科の先生がサブスペシャルとしてアレルギー外来をされている場面は多く存在します。そんな先生方に超レアケースのアレルギーを相談して診断に至らなかったとしても、どうか批判はしないでいただきたいと思います。
もし第2弾の機会があれば、今回ご紹介しきれなかった食物アレルギーや類似病態の紹介をさせていただければと存じます。ようやく長かった夏が過ぎ、これからは秋の味覚を満喫できる季節になりました。ご自身の体質はご自身で把握していただき、食べられるものの中で最高の一品を探索してください。
埼玉医科大学卒業、同大学総合医療センター 高度救命救急センター所属、同センターにて災害医長を担当。救急・集中治療専門医としてER・ICU・災害医療を生業とする傍ら、訪問診療・産業医・レースドクターなどにも従事。
文:林 律子 写真:PIXTA