
ソウルを訪ねた人なら、街で見かけたことがあるだろう――。1997年、ソウル郊外で静かに開業し、2021年にロッテリアを抜き、ファストフードチェーンとして店舗数国内ナンバーワンに躍り出た「マムズタッチ」。実は、2024年、渋谷駅近くの一等地、マクドナルド渋谷店の跡に出店している。全国レベルではあまり知られていないが、いよいよ本格進出するという。韓国ナンバーワンチェーンは、日本市場をどう見るのか。日本人の舌をどう分析するのか。
ファストフード業界の知られざる企業努力を紹介する本企画だが、今回の取材先は韓国ナンバーワンのバーガー&チキンブランド「マムズタッチ」。後発ながらグローバルチェーンを抑え、韓国内1,460店舗と出店数1位を短期間で達成。2024年4月、東京・渋谷に日本初出店を果たしてから1年超が過ぎた。
その渋谷店には、初年度で約70万人が来店し、年商約5億円をクリア。全体の顧客のうち、渋谷を生活圏とするローカルが6割、観光客が4割であり、フランチャイズの核となるリピート率が高い。
人気商品は、フライドチキンを使った「サイバーガー」だ。冷蔵の鶏モモ肉を、店舗内で粉をつけて揚げるシステムを独自に構築し、鶏肉のジューシーさと衣(ころも)のサクサクな食感で人気を集めている。
マムズタッチのキム・ドンジョンCEOは、サクサク食感の秘密をこう話す。
「原材料の調達から製造、販売までを自社で一括管理するビジネスモデルこそ、マムズタッチの強みです。多くのバーガーチェーンは、商品管理の都合上、冷凍チキンを軽く揚げておいて、注文が入ると2度揚げするため、チキンのジューシーさと衣(ころも)のサクサク感の両立が難しいのです」
ブランド名の「マムズタッチ」は、「母の愛情込められた手」という意味。「サイバーガー』は、その名の通り、「母親の手料理」感にあふれた一品だ。渋谷店でも、本国同様に原材料の調達から店舗での提供までを一括管理し、揚げ物の温度管理にも気を配り、ジューシーでサクサクな食感を再現している。
今回は、キムCEOに日本人の味覚や好みなど、日本市場の特徴をどう分析したのかを、大いに語ってもらった。
韓国での成功体験を踏まえ、「国境を超えて、グローバルなQSR(クイック・サービス・レストラン)市場でマムズタッチの競争力を証明できるかどうかを確認したかった」と、キムCEOは口火を切った。
「マムズタッチは『K-QSR(コリアン‐クイックサービス・レストラン)のグローバル化』という観点から、日本市場を重要なチャンス、かつ戦略的な拠点と位置づけています。日本はQSRの先進国であり、外食ブランドに対する消費者の期待水準が非常に高いのと同時に、外国ブランドに対する参入障壁も高い保守的な市場です。なぜなら、日本人は一度気に入ったブランドがあれば、簡単には他のブランドに目移りしないためです。要は、小手先のPRでは日本でビジネスを継続できず、それが『外資ブランドの墓場』とも呼ばれる理由だと考えています」
「逆に言えば、日本市場で成功できれば、世界市場でも通用するという確信を持てると判断しました」と、キムCEOは続けた。
「一方で、日本は韓国と似た食文化の基盤を持っていると思います。物価高の今日において、『コスパ』を重視する傾向が強く、マムズタッチが掲げる『価格以上の価値』という企業理念が合致します。また、日本の消費者は味と品質に非常に敏感であり、料理のバランスやディテールをも重視する点を踏まえて、事前の市場調査は入念に行いました。日本の消費者の食文化と味の好みを徹底的に調べ、商品戦略を立てたのです」
本格出店のまえ、マムズタッチは2023年10月に3週間限定で『マムズタッチ東京』を渋谷で出店している。事前予約の1万320席が早期に完売し、延べ3万3千人以上が訪れ、簡易的なアンケート調査ながら、『メニュー満足度97%、再来店意向99%』という良好な反応を得たという。
「市場調査と期間限定店舗を通して立てたのは、日本人はチーズとてりやきソースが好きという仮説だった」とキムCEOは明かす。
「韓国で大人気の『サイバーガー』にチーズを加えた『チーズサイバーガー』を発売する一方で、てりやきソースを加えた『プルコギバーガー』を渋谷店向け専用メニューとして開発しました。現在、チーズサイバーガーは渋谷店の人気ナンバーワン・メニューになっています。あと、日本のたこ焼きのような形状で、モッツァレラチーズとサツマイモを混ぜた『チーズボール』も人気です」
「韓国では今でもサイバーガーが不動のナンバーワンだから、日本人と韓国人の嗜好の違いが出ているのかもしれません」とキムCEOは指摘する。
キムCEOは、東京や近郊都市の同業他社を自ら精力的に視察したという。気になったのはマクドナルドだった。繁忙時間帯以外の「スイングタイム」にも、老若男女が訪れ、ゆったりと過ごしており、生活圏に不可欠な存在になっていると気づく。
「日本進出から1年を経ての最大の気づきは、日本の消費者がブランドを評価する際、『韓流ブランド』というただの出身国より、店舗が提供する『総合価値』が何よりも重要だ、ということでした」とキムCEOは語る。
「実は、『韓国ブランド』を全面に押し出さず、現地の消費者の生活空間に自然に溶け込める、『生活密着型QSR(クイック・サービス・レストラン)ブランド』として定着することに重点を置いています。具体的には、日本の消費者の日常や嗜好を反映し、朝食や、デリバリー需要にも対応できるピザメニューを導入したほか、店舗内のサービスシステムや空間デザインについても、日本の消費者が好む『待たずに受けられる迅速なサービス』と『快適な休憩空間』を提供できるよう、計算しています」
「なぜなら、日本では単なる食事の場ではなく、快適でありながら新しさを感じられる空間での『体験』が重視されている」ともキムCEOは分析する。
「日本のマクドナルドは、新商品の発売サイクルが早く、店舗は都市のカフェのように、リピーターを促す空間として活用されています。韓国に比べてカフェ文化があまり発達していない日本において、ファストフード店が休憩スペースやコミュニティの場としての機能も果たしていることを示しています。この傾向から、マムズタッチも、商品・空間・サービスを含む全体的な顧客体験を緻密に設計しています』
順調な滑り出しではあるが、「マムズタッチの弱みは、全国的に見れば認知度の低さだ」と、キムCEOは率直に認める。全国規模、もしくは地域別でFC展開できるビジネスパートナーを探しつつ、空き物件を直営店で開業後に、FC化する選択肢も視野に入れた“ハイブリッド戦略”を進めていく。
今年は原宿や下北沢、茅ケ崎、秋津に出店を予定し、いよいよ攻勢に出る。世界進出の野望を胸に秘め、「母の愛情込められた手」でつくられたようなできたての味を、日本でも広めていく。キムCEOが目指す、「地域に必要とされる店」になれるか、その手腕に注目したい。
文:荒川龍 撮影:岡村智彦(キムCEO)