
その町の住人が長く通う店こそ、愛される名店に違いない。dancyu2025年夏号では、京都と東京の二拠点生活をする、料理家 ウー・ウェンさんに京都を案内してもらいました。
左京区にある自家製フォカッチャのサンドイッチとデリカテッセンの店が「Argento(アルジェント)Sandwich&Espresso」。店主の松本尚子さんは、アメリカで暮らしたことがきっかけで、デリやファーマーズマーケットの文化に慣れ親しんできた。ウーさんが惚れ込むのは、松本さんの想いとセンス。「素材としっかり向き合っていて、どの品にも丁寧につくられたおいしさと安心感があります」。
小さな店内では、季節の惣菜がショーケースを賑わせる。なかでも名物は、毎日厨房で焼きあげるフォカッチャを使ったサンドイッチ。イタリアの全粒粉、オーガニックのオリーブオイルと海塩を用いる生地は、サンドイッチとして食べやすいよう、柔らかめに仕上げている。
例えば “スモークターキー”のフォカッチャサンドイッチなら、自家製のスモークターキーやフレッシュモッツァレラチーズ、さらには上賀茂産のトマトなど地元で採れた野菜がたっぷり入る。「旬を感じられる、体によいものを味わっていただきたいですから」と話す松本さんの隣で、「私が感銘を受けるのは、ターキーも野菜も、注文を受けてからスライスしていること。多少待つこともあるけれど、おいしさも香りも違います。そのサンドイッチはありえないボリューム!だけど新鮮な野菜がたっぷり挟まれていて、スルッと胃におさまるんです」。
ショーケースには「無農薬キャロットケーキ」や「焼プリン」、さらにカウンターの上には「バナナブレッド」など、クラシックな焼き菓子が所狭しと並ぶ。どの品も、欧米の家庭で受け継がれているような、素朴な風合いが印象的だ。
市街地からちょっと離れた立地だから「銀閣寺や哲学の道などの散歩の帰り道。バスで途中下車して立ち寄ることが多いです。私にとってこの店は、京都の暮らしを感じられる場所。さてと。今日の晩ご飯用に、ハンバーグとピクルスを買って帰ろうかしら」。
北京生まれ。1990年に来日。料理研究家としてクッキングサロンを主宰しながら、シンプルで体にやさしい中国家庭料理のレシピを雑誌や書籍、テレビなどで幅広く発信している。家庭では二人の子供をもつ母。最新刊は『最小限の材料でおいしく作る9つのこつ』(大和書房)。
文:船井香緒里 写真:エレファント・タカ