映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深掘りする連載。第28回は、江國香織原作の邦画です。少年みたいな兄弟コンビが主催するカレー・パーティとは、これいかに? 夏の昼下がりにオススメの1本。
兄・間宮明信(佐々木蔵之介)と弟・徹信(塚地武雅)は、ちょっとレアなくらいの仲良し兄弟。ノッポの兄と、小太りの弟、見かけは凸凹コンビだが、30代になっても兄弟の息はぴったり。同居している家には、二人の趣味が所せましと詰まっている。
この映画には、兄弟が大人になっても仲良しでいられるヒントがいっぱい。まずキャラクターの絶妙な組み合わせ。真面目だがどこか天然な兄と心優しくロマンチストな弟は、互いを補い合うコンビネーションだ。次に、一緒に熱中できる趣味があること。野球、映画、ボードゲームにひとたび興じれば、どれだけでも時間を費やせる。そして物心ついた時から互いを知り尽くしていること。とりわけ食べ物については、わがことのように相手の好みを知っている。
二人が行きつけの町中華で餃子を食べるシーン。皿に醤油を注ぐ弟を見て、「入れすぎだよ。量が多くなった」とすかさず指摘する兄。弟自身はそのことに気づいてもいない。ずっと相手を時系列で見ている兄ならではだ。
この映画のハイライトは、間宮家のカレー・パーティ。女性に縁遠い二人だが、兄のために弟は数少ない女性の知り合いに声をかけた。かくして同僚・依子(常盤貴子)と、ビデオ店の店員・直美(沢尻エリカ)が家に来てくれることに。兄弟の作戦会議に熱がこもる。
兄「やっぱ、基本はカレーの旨さだろ」
弟「うん、女の子向きに……ヨーグルトとか、ほうれん草とか、干しブドウ入れて」
兄「干しブドウは黒木瞳が嫌いだって、テレビで言ってたぞ」
弟「そうか……好みは聞かないとね」
パーティの当日まで会議は続く。
兄「信じられないな。ここに女の人が来るなんて」
弟「母さんが二人来ると思えばいいんだよ。あ、レシピ書いた方がいいかな」
兄「聞かれたら、すらすら答えればいいんだよ」
弟「聞かれなかったら?」
兄「それより、猫か犬の写真とか貼らなくていいのか」
そして、いよいよゲストが到着。コレクション・グッズがぎっしり詰まった二人の家、その真ん中の丸テーブルにかけられた、純白のテーブルクロスが存在感を放つ。
大皿にみずみずしいグリーンサラダがたっぷり。めいめいの平皿には、ごはんをあらかじめ盛り付けてある。ポットに入った水とお茶、お代わり用のごはんとしゃもじをサイドテーブルに用意して、お盆の上には人数分のデザート。花瓶のガーベラとカーネーションがレストランのような雰囲気を醸し出し、兄弟の一生懸命さが部屋中に満ちている。
「さぁさぁさぁさぁ」
「お待たせしました」
テーブルの真ん中に、カレーポットを次々と並べる二人。
「こちらが、チキンカレー、ビーフカレー、シーフードカレー」
兄の説明を聞きながら、3種類ものカレーを前にした女性たちのテンションが上がるのが手に取るように伝わる。兄弟で思案した「チョイス・カレー」作戦、大当たりだ。
もくもくと食べ続ける依子と直美。いきなり依子がカーディガンを脱ぎ、ホルターネックから肩が露わになった。本気で食べるモードにチェンジした彼女を見て、兄弟は心の中でガッツポーズ。間宮家のカレーは本当においしいのだ。
「うん、スパイスが効いている」
「最高においしいですよ」
直美も感心したように感想を漏らす。
怖いもの見たさでやってきた女性たちの心を、完全にとらえた。やがて場も和み、それぞれが自然に打ち解けた会話を交わすようになる。
彼女たちとの距離を縮めたことに気を良くした二人は、今度は浴衣パーティを企画するのだが……。そのほろ苦い結末は、兄弟二人の関係をさらに強固にしていく。
銭湯では、それぞれビールとコーヒー牛乳を飲むのがお決まりの二人。腰に手を当てて飲むポーズは、いつものようにばっちり決まっている。ちょっと切ないくらいの方が、互いを理解し合う兄弟の存在をいっそう際立たせるのかもしれない。
文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ