世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
東京で出会ったとびきり旨いタコス|世界の行きたい店

東京で出会ったとびきり旨いタコス|世界の行きたい店

自転車で世界一周旅行を達成した石田ゆうすけさんは、東京のとあるイベントでタコスを食べました。自家製のトルティーヤを使ったタコスは驚くほどおいしかったそうですが、本場で食べたものと比べてみたとき、果たして軍配は――。

情熱のトルティーヤ

食の雑誌「dancyu」のテーマに沿って、海外での体験を綴るこの連載、今月のテーマは「東京で行きたい店」だ。……無茶ぶりにもほどがある!
なので今回は変則的にいきます。
以前、某誌で「世界一周グルメ旅in東京」というツアーをやった。各大陸から一品ずつ、現地で食べて特に感動した料理を東京で食べる、という企画で、北米大陸からはメキシコのタコスを選んだ。
国立競技場そばの「オーチョタケリア」で食べてみると、本場さながらの活き活きした味にテンションが跳ね上がったのだが、同時に、おや?と思うところがあった。タコスの皮、つまりとうもろこし粉の薄焼きパン「トルティーヤ」が、あるいは現地のものを上回るかと思うほど旨かったのだ。ふくらむような甘味ととうもろこしの芳香がある。聞けばやはり自家製だという。この店もかぁ、と思わず唸った。以前、取材した広尾のメキシカン「サルシータ」も自家製トルティーヤを出していて、そちらもやけに旨かったのだ。

それから月日が流れ、ある日のこと、「オーチョタケリア」から突然連絡が来た。「渋谷でタコス!」なるイベントをするからトークをしてほしいという。よくわからなかったが、面白そうなので快諾した。
で、先日そのイベントがあったのだが、会場入りして驚いた。100名以上入りそうな大きな会場が人でごった返し、タコス提供ブースには長蛇の列ができているのである。イベント告知後、チケットは早々にソールドアウトしたらしい。出演者(僕)すらなんのこっちゃわからないタコスイベントに人が集まるんかいな?と思っていたのだが、まさかの大盛況なのだ。

「渋谷でタコス!」でのトークライブ
12月3日、渋谷「東京カルチャーカルチャー」にて行われたイベント「渋谷でタコス!」でのトークライブ。真ん中が村松氏、手前が筆者。

以前、この連載に「タコスはその知名度のわりになぜ日本ではこんなにマイナーなのか?」と書いたが、トークの共演者である写真家の村松正博さんによると「今、タコスめっちゃ来てますよ」とのことだった。知らなかった。たしかに店舗が増えているとは漠然と感じていたけれど、まさかイベントが即座に埋まるような文化的な盛り上がりを見せているなんて。

村松さんはタコス好きが高じて自分でつくって友人に振舞っているうち、友人からポップアップでの出店を勧められ、現在は月イチで2日間、「Sanpuc Tacos」という名のタコス屋を神宮前で開いているそうだ。
いまだに大判のフィルムカメラを使っているような職人肌の彼がつくるタコスもやはり、トルティーヤは自家製らしい。本場メキシコ同様のとうもろこし粉のトルティーヤは市販のものだと選択肢が限られるうえに、どうしても高くつく。とうもろこし粉から自分でつくったほうが安価だし、自分の求めるタコスにさらに近づけることができる。そう話す村松さんは、2日間のタコス屋の営業のためになんと1週間かけて仕込みをするという。

本場メキシコではその需要の高さから当然、トルティーヤ専門の製造業者が数多くあり、タコス屋もそのトルティーヤを使う。日本の多くのラーメン屋が製麺会社の麺を使うようなものだ。いや、タコス屋の業者依存度はそれ以上かもしれない。二度の訪問で3ヶ月以上メキシコに滞在したが、自家製トルティーヤを出すタコス屋は一度も見なかった。
僕のその程度の経験だけでメキシコ全体を語るのは早計のそしりを免れないが、でもまあ勝手な思い込みを書けば、世界で最も手をかけたタコスが食べられるのは、もしかしたら東京かもしれないな、とつい思ってしまうのである。で、実際、店主が自分好みに仕立てたトルティーヤでつくったタコスは、本場のものとはまた違った、とびきりの旨さがあるように思えるのだ(もっとも、本場で食べる料理には理屈を超えたエネルギーがあり、あの爆発するようなタコスの旨さは現地でしか味わえないんですけどね)。

文:石田ゆうすけ 写真:村松正博(トップ画像)

※トップ画像は「Sanpuc Tacos」のタコスです
(https://www.instagram.com/sanpuc_tacos/)

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。