世界一周旅行でチェコを訪れた石田ゆうすけさん。友人のお宅に滞在した際、さまざまな家庭料理を味わうことができました。そんな中、ソバを使った料理が出てきたのですが、日本では考えられない使い方で――。
ノルウェーのキャンプ場でチェコ人のジャンという40代の紳士に会い、妙にウマが合った。彼は「チェコに来たら連絡してくれ」と電話番号を僕に渡した。まだそれほどインターネットが普及していなかった時代だ。
その約2ヵ月後、チェコの首都プラハに着き、彼の家に行くと、奥さんも子供たちも祭りが始まる前のような上気した顔で僕を迎えてくれた。
それから8日間、彼らの家に居候し、チェコの様々な家庭料理を味わうことになったのだが、主食が毎日違うのが面白かった。
パンやじゃがいものほか、クネドーリキというチェコ特有の主食も出てきた。蒸しパンに少し似ていて、もっちりした食感がどことなく"ういろう"にも似ている。聞けば、小麦粉と米粉を練り合わせて発酵させ、なんとゆでるのだという。皿に一緒に盛られた肉(内陸国なので魚はあまり食べないらしい。確かに晩飯には毎日肉が出た)、およびそのソースやスープとからめながら食べると、ヨーロッパの田舎の婆ちゃんの手料理、といったような滋味深い味わいがあり、毎日でも食べたいぐらい気に入ったのだが、次の日になるとパスタが出たり麦飯が出たりと、やはり別の主食が食卓にのるのだった。
ある日、見慣れない主食が出た。麦茶の麦に似た、直径5㎜ぐらいの茶色い粒だ。皿に盛られ、粉チーズが一面にかけられている。
食べた瞬間、えっ!?と驚いた。この香りって......。
「ジャン、これって何?」
「えっと......英語はちょっとわからないな」
チェコ語で教えてもらい、チェコ語―英語の辞書で引いてみると、「buckwheat」、やっぱりソバだ。殻を取ったソバの実、いわゆる抜き実をゆでて、粒のまま、どうやらご飯のように食べているようだった。
ソバというと、当時はまだ若くて浅学だった僕などは(今も浅学だが)、世界に冠たる日本ならではの食文化のように捉えていたが、世界でソバを最も多く生産し、消費しているのはロシアらしい。抜き実をお粥のようにして食べるそうだ(行っていないから知らない)。歴史的にも地理的にもロシアとつながりのあるチェコの食卓にソバが上がるのは当然かもしれない。
僕は"蕎麦"には目がないのだが、このとき出された"ソバ"にはなかなか手がのびなかった。ソバと粉チーズの組み合わせというのは、僕の舌にはなかなか不思議な、というより、やや不可解の方に近い味だった。ガレットなんかだとチーズと合わせても違和感はないのだが、香りの強い抜き実と、香りも味も強い粉チーズとでは、ほとんど溶け合わずに互いに主張し、喧嘩しているように感じられた。
「日本人もソバをたくさん食べるよ。ヌードルにして、魚や海藻でとったスープにつけて食べるんだ」と僕が言うと、ジャンたちはみんな「ヌードル!?」「魚や海藻のスープにつけて!?」と目を丸くした。寿司や天ぷらやラーメンは海外でも有名なのに、蕎麦は知られていないんだ、それにソバを普段から食べている彼らでも他国のソバの利用法はまったく知らないんだ、といろいろちょっとずつ「へえ」と思ったのだが、まあ、僕もたった今「ソバの実をそのまま!?」「粉チーズ!?」と驚いたばかりだったな。
文・写真:石田ゆうすけ