中国南部を訪れた旅行作家の石田ゆうすけさんは、食堂のメニューに「苦瓜」の文字を見つけました。日本でも南国でよく食べられるその野菜は、異国の地でも鮮烈な苦味を持っていて――。
中国の西側、新疆ウイグル自治区を南下してパキスタンに入り、それからインド、ネパール、東南アジアと1年かけて自転車で旅をした。
で、ベトナムから再び中国に入ったのだが、同じ中国でも完全に別世界だった。新疆ウイグル自治区が砂漠地帯でカラッとしていたのに対し、こちら中国南部は鬱蒼とした森が続き、じとじと蒸し暑く、いかにも熱帯だ。東南アジアよりなぜか暑く感じられた。
夕暮れどき田舎町に着き、安宿を探した。中国人と一緒の大部屋だと1泊10元、日本円で約150円という宿があったので、即決。相部屋にはこれまで何度も泊まっているのでどうということはない。というより、人としゃべりたい僕はむしろ相部屋に好んで泊まっている。
水シャワーを浴びて、ベッドの"木のシーツ"の上に足を延ばして座り、扇風機に当たりながら文庫本を開いた。
安宿なので部屋にエアコンはない。代わりに(?)あるのがこの"木のシーツ"だ。回転寿司のネタぐらいの大きさの薄い木片をタテヨコびっしり、ベッドサイズに並べ、ナイロン糸で連結したもので、キャタピラに似ている。この"木のシーツ"の上にパンツ一丁で寝る。木がひんやりさらさらして気持ちいい。ただ当然この"シーツ"は洗濯できないから、無数のおっさんの汗や垢がしみついている。また体に合わせてたわみはするが、布シーツの寝心地には遠く及ばない。でもこれがないと快眠できないほどの蒸し暑さなのだ。
その木のシーツに座ってしばらく本を読んでいると、蚊が腕にとまった。
「ん?」
お尻を奇妙に突き上げてとまっている。
「いいっ!?」
ハマダラ蚊やないか。マラリアを媒介する蚊だ。これだけの暑さだ。やっぱりいたんだ。
叩き潰すと、蚊の腹から鮮血が飛び出した。めっちゃ吸われているではないか......。もっとも、すべてのハマダラ蚊がマラリア原虫を宿しているわけではない。忘れることにする。
近くの食堂に行った。
メニューを開き、ずらりと並んだ漢字を目で追っていくと、おや?と思った。「苦瓜」という文字がある。やっぱり南国にいるんだな、とハマダラ蚊同様にしみじみ実感させられた。北の新疆ウイグル自治区では一切見かけなかった文字だ。
「苦瓜炒肉片」を頼んでみると、想像通りゴーヤーと豚肉の炒めものだった。
食べてみると、フレッシュな青臭さと苦味が広がり、暑さがやわらいでいくようだった。さらに食べ続けると、バテ気味で減退していた食欲がどんどん息を吹き返してきた。その地その気候でとれる食物にはやはり存在理由があるのだ。
ところで前回も書いたとおり、中国では野菜をいろいろまぜずに一種類だけを炒めることが多いのだが、この「苦瓜炒肉片」も野菜はゴーヤーだけだった。
中国の調理法と調味料は一種類の野菜だけでもボリュームと旨味をつけ、一品に値する料理にまとめる。むしろ単品だからこそ、味がストレートに伝わってくるような力強い旨さがある。日本ではほとんど食べることのなかったこの野菜単品炒めを、中国に来てからは大いに支持するようになった。
ただ、この豚肉とゴーヤーの炒めものは、何かが決定的に足りない感じがした。ゴーヤーの個性が強すぎて、どうにも尖っているのだ。それが刺激的で最初は食欲が増したのだが、そればかり食べていたらだんだん疲れてきた。ああ、ここに豆腐や卵が入っていれば、料理全体がマイルドになって飽きずに食べられるのに。
そう、やっぱりゴーヤーチャンプルーはよくできた料理なのだ。ことゴーヤーに関しては沖縄料理のほうが一枚上かもしれないなと思った。
もっとも、僕が初めてゴーヤーを口にしたのがゴーヤーチャンプルーだったせいで、舌が勝手に豆腐と卵を求めているような気もする。子ガモが生後初めて見たものを親と思って追いかけるように。
文:石田ゆうすけ 写真:島袋常貴