「酒を出せない酒場たち」~いつかまた、あの店で呑もう!~
店を閉めてる間、わざわざ様子を見に来てくれる人もいる。そういうお客さんに守られているし、ウチも守りたい──立石「宇ち多゛」

店を閉めてる間、わざわざ様子を見に来てくれる人もいる。そういうお客さんに守られているし、ウチも守りたい──立石「宇ち多゛」

呑ん兵衛の聖地と呼び声の高い、立石。街の顔といえよう「宇ち多゛」に、いつもの行列の光景が見られなくなって久しい──かつてない苦境に立たされる酒場の人たちは、どのような思いでこの日々を乗り越えてきたのか。さまざまな店への取材を通して、「酒場の良さってなんだろう?」とじっくり考えていくルポルタージュ連載。第五回は、下町酒場のリアルな声をお届けします。

葛飾区立石は、多くの酒好きたちに愛される街。京成線の各駅停車だけがとまる小さな駅を中心とした、ごく小さな街だ。けれど、ここには実に多くの飲み屋があり、ただ数が多いだけではなくて中には強い個性を放つ店も少なくない。一度訪れたらきっとまた行きたくなる。そんな立石の中にあって、「立石といえばあそこでしょう」と、真っ先に名前が挙がるのが、煮込みともつ焼きの名店「宇ち多゛」です。

昭和21年創業の老舗には、連日、開店前から行列ができる。しかし今、その名店にも、酒類提供自粛要請が出ている。この苦境にあって、何を思うのか。酒を出せない酒場を訪ねるシリーズの第五回は、老舗の三代目、内田朋一郎(ともいちろう)さんにお話しを伺いました。

内田朋一郎さん
「宇ち多゛」の三代目で、専務として店を取り仕切る内田朋一郎さん

あまり言いたくないけど、なぜ酒だけが、という思いはありました

「宇ち多゛」の創業者は朋一郎さんの祖父で、もとはフレンチの料理人であった。創業当初は串に打った煮込みとカストリ焼酎を屋台で販売していたという。その後、立石仲見世商店街に店舗を構え、以来、選りすぐりのもつと煮込みで客を魅了してきました。

もつ焼きを注文するときは、レバ、ハツ、アブラ(頬)、ガツ(胃)、カシラ(頭)と、まず部位を言い、続けて塩、タレ、素焼き、味噌と味を言い、軽めに焼くならわか焼き、こんがりとしっかり焼くならよく焼きと指定もできる。たとえば「レバたれよく焼き」。こんな具合。1皿2本が基本で、“素焼き”は文字通り素焼きにしたもつに、醤油をかけたもの。お好みで酢をかけることもできる。“味噌”は、味噌だれにつけて焼くのではなく、素焼きした具に煮込みの汁をかけたものだ。

ここまででも、数多あるもつ焼き屋さんとは趣を異にしているのですが、さらに、“生”がある。厳密にいうとボイルだが、この店でボイルと呼ぶのはレバのこと。他の、シロやハツなどのもつ焼きの具に加えタン(舌)、コブクロ(子宮)、テッポウ(直腸)などのボイルしたものを、“生”と呼び習わす。

のれん

「宇ち多゛」のもう一つの看板が、煮込み。シロ、ガツ、アブラ、フワ(肺)、ハツモト(大動脈)など、いろいろな部位を煮込んであって、しかも野菜類は入っていない。こってり濃厚なもつ煮込みだ。通い慣れると、アブラやハツモトが多めの“白いとこ”や、フワが多めの“黒いとこ”など、自分の好みを伝えて、選り分けてもらう人もいる。

なかなか、難しい。しかし、それがまた、たまらない魅力なのだ。常連たちが通いつめ、インターネットのない時代から口伝えで「宇ち多゛」が広まったのは、この店の、うまさにあることは間違いないだろう。

店内

さて、訪れたのは8月20日です。4月25日に始まった酒類の提供禁止は、6月21日からわずか3週間だけ一部解禁となり、その後、7月12日から8月末までまた禁止とされていたが、それも延長されそうな雲行きのときだった(その後、9月12日までの延長が決まる)。酒の提供ができない間、「宇ち多゛」は店を閉めている。

「中には協力金バブルなんて言われている店もあるみたいだけど、従業員がいて、地代、テナント料、その他固定費がかかるところはやってられない。すごく儲かっている店なら別だけどさ。ウチもお客さんが並んでいるから儲かってるだろうと思われるかもしれないけど、そのとき、そのときで還元してるし、単価が安いからね」

午後2時には開店する「宇ち多゛」だが、店の前には開店前から行列ができる。1時間も2時間も待って、入店して飲み食いするのは30分から長くて1時間。そうして席を空けないと、次に並ぶお客さんに順番が回らない。それほどの人気店だけれど、煮込みともつ焼き(1皿2本)は200円。宝焼酎に梅シロップをたらした“梅割り”も1杯200円と安い。儲け主義ではない。感染対策で席を間引くといっても、限度もあるとのことです。

お品書き

「基本的には、全部要請どおりにしています。本当はね、取引している業者のためにやらなきゃいけないって気持ちもあるんです。業者は補償されてないから。でも、お土産営業をやったとして、もつ焼きを家に持って帰って食べるのもいいけれどやっぱり、この裸電球の下で食べて飲むから、でしょ。何でもできたてがうまいし、なにより、自分の肌にあった場所を見つけて飲む。そういうのがあるじゃないですか。店の人たちとの距離感とか、店の人たちのもっているマインドとか。店に入ったときに、この店、合いそうだなっていう感覚。そういうの、絶対大事なことでね」

「宇ち多゛」は、ひとりひとりのスペースが決して広いわけではない。だから、客は店に入るときから荷物を手前に抱え、カウンターに肘をついたりしないよう、マナーを守る。長い間にこの店の当たり前となった不文律で、守れない人には、ときに朋一郎さんから声が飛ぶ。それを怖いという人もいるかもしれないが、実はしごくもっともな酒場のルールを守ろうよと、呼びかけているだけのことなのだ。注文の仕方がちょっとした符丁のように思えて気が引けても、それも最初のうちだけ。慣れたら、この雰囲気はむしろ居心地がいい。長年、ここを愛する人たちは、店の人が、みんなで楽しく飲める空間を守ろうとしていることを、よく知っている。

「こっちの調子が悪いからって、八つ当たり的に言っているわけじゃないですからね。まあ、たまにもらい事故にあっちゃう人もいるけどね(笑)。でも、ウチの親父は昔から、初めてのお客さんによく言ってるんです。二回目からは、お馴染みさんだよ、って」

店内

そんな「宇ち多゛」に人々はやってきて、列をなして、待つのです。

「みんな、わいわいと、狭いところで飲みたいじゃないですか。ウチの常連さんたちは、来る曜日と時間が決まっていたりするから、外で待っている間にお互いに近況報告してたりするんですよ。しばらく見なかったけど、そうか入院してたのか。飲めるようになってよかったな、なんてさ。生存確認って言われてるんだから。ウチで30分くらい飲んだ後、駅で待ち合わせて近くの飲み屋に行ってたりね。そういう人たちもいる。お客さんにとってのそういうコミュニティ、大事にしてあげたい。おいしい酒とおいしいつまみと、でもやっぱり、人じゃないですか。喫茶店に通うおじいちゃんやおばあちゃんたちだってそうだと思うよね。人間ってのはやっぱり、みんながつながってないとダメなんだよ。だけど、今、それを分断されてる、我々は……。それは、すごく寂しいんですよ」

酒場が酒を提供できない――。酒を飲んで声高に喋れば感染が広がるから、という理屈だが、人が密集するということでは満員電車も劇場も、スポーツ施設もある。あれこれ数えればきりがない。呑ん兵衛だからそう思うのか。なぜ酒場だけが商売を一切するなという極度の締め付けをされるのか、納得できない部分もある。朋一郎さんは、そんな現状を、どう捉えているのか。

「あまり言いたくないけど、なぜ酒だけが、という思いはありました。オリンピックをどうしてもやるというところから逆算しているようにしか見えなかった。政府はテレワークしてくださいって言うけど、電車は満員だし、だいいち、対面販売の人はどうするのよ。モノが売れなきゃお金も回ってこないんだしさ。ウチも実際、従業員もいるし、この先どうなるか心配ですよ。自粛ばかり延びて、協力金は5月の分がまだ振り込まれていないですからね(8月20日現在)。よそのお店もたいへんだろうなって思います。融資が受けられるっていったって、借りたものは返さないといけないわけですから。じゃあ、自粛が解けるのを待てねえからやっちゃうおうかって言っても、やっぱり、できねえよな、それは。ウチはできないね。偉そうなことは言えないけど、みんなの手本というか、道しるべ。そうじゃないといけないと思うところは、ある。自負はしている。ただ、このままの状態が続いたら、いつかはやらなきゃいけないか、とも思っている。それくらい、現状は深刻かな

朋一郎さん

怖いのは、こういう状態に慣れること

朋一郎さんはコロナ前、午前7時半には店に来て、仕込みに入った。開店が午後2時なのだから、そのくらいからの仕事になる。その日常は、今、がらりと姿を変えたはずだ。どうしているのでしょう。

「朝起きたらゴミ出し。ごはん食べた後に銀行や税理士さんのところに行ったりしているうちに午前が終わる。午後は、3時半くらいから『相棒セレクション』を観る。普段は仕事でテレビなんか見られないからね。そういうことをしている合間に店に来て、糠床を掻き混ぜる。で、夕方5時くらいから、中川の土手を1時間半ほどウォーキングして、風呂入ってごはん食べて、プロ野球やってたらそれを観て、あとは、U‐NEXTでFBIかCIAの裏切りの映画ばっかり観ている(笑)」

朋一郎さんは事もなげにそう語るのですが、取材している今現在(午後3時すぎ)は、普段なら一巡目のお客さんが引けて二巡目の人たちに代わる頃合いか。夏の午後。外は暑いのだが、店には、朋一郎さんと、取材スタッフ3人しかいない。焼き台に炭は熾きておらず、最大で約40名入るお客さんの姿もない。朋一郎さんが点けてくれたエアコンが効きすぎて、寒いくらいだ。

焼き台
お品書き
厨房
アクリル板
グラス

怖いのは、こういう状態に慣れること。これが当たり前なんだって、考えが固まっちゃって、じゃあ、どうしたらよくなるかを考えなくなるのが一番怖い。今、ちょっと慣れてきちゃってるんだよ。去年の最初の自粛のときは、どうすれば気持ちを維持できるかを考えていた。でも今は、まだこの先、緊急事態がいつ解除になるかもわからないなかで、オンとオフを自分で切り替えようとしているのかもしれない。そういう術が、悲しいけれど、備わっちゃったのかもしれない。無理やりにでも、ずっと気持ちをキープするのは、難しいよね」

毎日、朝早くから仕込みをし、店を開け、客の対応をしてきた朋一郎さんの、目まぐるしいほどの忙しさは、今、ここにはない。しかし、だからこそ見えてくる風景もあるようです。

「他所の土地から立石へ来て、商店街の総菜屋さんとか漬物屋さんとかで買い物をしてくれる人たちもいるんです。その人が、本当は宇ち多゛さんで1杯飲んでから帰りたかったんだけど、淋しいねって言ってたらしい。ウチが閉めているのを知っているのに、わざわざ様子を見に来てくれているんですよ。ありがたいなって思ってね。そういう人たちに守られているし、ウチも守りたい」

店内

今度、店が開くとき、お客さんはまた並ぶのでしょう。行列に加わりながら、さて、ビールからはじめて梅割りを2杯か3杯を飲もう、と考える。その間に、煮込みとタン生に、アブラかナンコツのタレもいい、なんてことを思い浮かべる。思わず、よだれを流さんばかりに期待する。なにしろ久しぶりなのだ。

そんなお馴染みさんがきっといる。朋一郎さんは彼らに、どんな声をかけるのか。やさしい言葉のひとつもかけるつもりなのでしょうか。

「さらさらないね。こっちがやさしくしていただきたい(笑)。オレはお馴染みさんをいじることがあるけど、そこに愛があるかなってことを、昔からずっと思ってるんです。いじるにも、愛がなかったら成り立たない。愛のある仕込みから始まって、愛のある接客、愛のあるいじり。その波長が合う人とつながっていたい。お互い、幸せじゃないですか、そのほうが」

言葉はきついが、そこに親しみがこもる。そして、朋一郎さんは待っている。私たち酒場好きとの再会の日を、さまざまな想いを胸に、待っているのです。

朋一郎さん
最後はいつもの白衣で。朋一郎さん、仕事中は厳しそうに見えますが、実のところ、情に厚い、やさしい方なんです。

*緊急事態宣言中は休業。最新の営業状況は店頭貼り紙もしくはTwitter(@motsuyakired)で確認を

店舗情報店舗情報

宇ち多゛
  • 【住所】東京都葛飾区立石 仲見世商店街内
  • 【電話番号】非公開
  • 【営業時間】14:00頃~19:30(L.O.) 土曜は10:30頃~売り切れ仕舞い
  • 【定休日】日曜 祝日
  • 【アクセス】京成押上線「京成立石駅」より徒歩1分

文:大竹聡 写真:衛藤キヨコ

大竹 聡

大竹 聡 (ライター・作家)

1963年東京の西郊の生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告会社、編集プロダクション勤務を経てフリーに。コアな酒呑みファンを持つ雑誌『酒とつまみ』初代編集長。おもな著書に『最高の日本酒 関東厳選ちどりあし酒蔵めぐり』(双葉社)、『新幹線各駅停車 こだま酒場紀行』(ウェッジ)など多数。近著に『酔っぱらいに贈る言葉』(筑摩書房)が刊行。