2021年9月号の特集テーマは「すごいぞ! スーパーマーケット」です。アメリカ発祥のスーパーマーケットは、基本どこの国も似たり寄ったりだったといいます。しかし、日本のスーパーでは絶対見かけない商品が、海外ではどこにでもありました。その超定番アイテムとは―ー。
自転車で世界を巡るという旅をして、各地のスーパーを利用してきたにもかかわらず、最初の訪問国であるアメリカのスーパー以外はじつはあまりきちんと覚えていない。最初こそ目新しかったが、それ以降はどこも似たり寄ったりだったからだ。スーパー発祥の国であるアメリカのスーパーを基本、どの国も踏襲している。
また、旅は1ヵ月といわず、ぶっちゃけ1週間もすれば日常になる。日々が当たり前に流れ、記憶は手のひらからするするとこぼれ落ちていく。毎日の買い物もそう。試しに、1週間以上海外を旅したことがある方は、食料や日用品の買い物シーンを思い出してみてください。頭に浮かぶのは最初に入ったスーパーぐらいで、それ以降の店はほとんど消えていません?
だからまあ、以下に書くことはぼんやりした記憶からの話なので、間違っていたらごめんなさい(なんだかんだと長い言い訳だったな!)。
南米のペルーやエクアドルのあたりだったと思うが、一部のスーパーやグロサリーストアは、世界でここだけかも、と思われる変わったシステムを用いていた。欲しい商品を選び、お会計をしてもらうと、合計金額が書かれた紙片だけが渡される。それを持って支払い窓口に行く。アクリル板などで仕切られ、お金を渡す部分だけ小さく開いている。どれだけ物騒なんだ、と呆れつつ、その小窓から紙片とお金を差し入れると、紙片にドンとはんこが捺され、小窓からその紙片とお釣りが返ってくる。見れば青いインクで「Pagado(支払い済み)」と打たれている。それを持って商品受け渡し所に行き、紙片を差し出すと、ようやく商品が手渡される。ああ、なんと素晴らしい非効率っぷり。
さらにその上をいく店がある。商品はカウンター越しに口頭で注文し、店員が棚から商品を出してくる。「これか?」「違う。もっと小さいの」「これか?」「違う。青いパッケージの」とやたらと時間がかかる。支払いはさっきと同じく、紙片が渡され、窓口に行って支払い、はんこドン――といった、まあ大昔のスタイルの店が南米にはまだあり、現代のスーパーのセルフサービスがいかに洗練されたシステムで、安全な社会の上に成り立っているか、ということを認識させられるのだ。......書いているうちに、"はんこドン払い"はもしかしたら今書いた昔スタイルのグロサリーストアだけだったような気もしてきたが、でも一部の大きなスーパーでも"はんこドン"でやっと商品を受け取った記憶があるんだよなぁ。
逆に、日本のスーパーだけ異質、という点も、世界をまわれば見えてくる。
旅の出発地であるアラスカを発って間もない頃、アメリカ人チャリダーと出会い、一緒に走ることになったのだが、森でキャンプした日の翌朝、彼がシリアルに牛乳をかけて食べていることに驚き、「牛乳なんていつ買ったんだ?」と聞いてみた。彼はインスタントミルクをバッグから取り出し、僕に見せた。粉末状で、水に溶かせば牛乳になるらしい。飲んでみろよ、というのでお言葉に甘えたら、見事に牛乳だった。
乳業メーカーに勤めていたので少しはわかるのだが、日本にはこういったインスタントミルクは少なくともスーパーにはなく、一般に流通している粉末タイプの乳製品はスキムミルクだけだ。そう、脱脂粉乳である。乳業メーカー側の理屈だと、牛乳の脂肪分はバターやクリームに回されるため、一般向けの商品では脱脂乳だけが粉末に加工される。一方、消費者側から見れば、日本ではどこでも新鮮な牛乳が買えるし、かつては宅配牛乳が定着していたこともあって、インスタントミルク(全脂粉乳)を必要とする場面がない。需要がなければ乳業メーカーも無理につくることはしない。
ところが、海外ではインスタントミルクは定番商品だった。
アメリカ人チャリダーから教えてもらってからというもの、僕のバッグにはインスタントミルクが常備され、毎朝シリアルを食べるようになった。南米でもアフリカでもアジアでもそれらは売られていたのだ。
驚いたのは中国だ。スーパーのインスタントミルク売り場は圧巻の一言。広さも品揃えもおそらく世界一だと思う。中国人の合理性と、国土の途方もない広さがそうさせているんじゃないだろうか。
僕は嬉々として商品を選び、いつものようにシリアルで試してみると、乳白色の粉末は水にサッと溶け、牛乳の甘いコクが舌を包んだ。いや旨いよ、これ。心なしか、ほかの国のより。しかも安いのだ。僕は栄養のためにがんがん摂取した。中国を走った約5ヵ月のあいだに一体何袋消費しただろう。中国を出るときは土産に買って帰ろうかと悩んだほどだ。でもインスタントミルクがずらりと並ぶ売り場を世界じゅうで見てきて、その光景を当たり前に感じていた僕は、日本でも今では普通に売られているかもしれない、と考えた。
中国から船で韓国に渡り、半島を縦断して釜山から船で山口へ、7年ぶりに日本の地を踏んだ。スーパーに行くと、粉末ミルクの売り場は店員に聞かないとわからないぐらい小さく、並んでいる商品も相変わらずスキムミルク1種類だけだった。
それから数年後、中国の粉末ミルクにメラミンというプラスチックの原料がかさ増しのために混入され、子供が6人死亡、30万人に健康被害、という報道が国内外を駆け抜けた。
今のところ僕の体にまだ変調はない。
文:石田ゆうすけ 写真:島田義弘