2021年7月号の特集テーマは「ハンバーガーとホットドッグとクラフトビール」です。メキシコのハンバーガー「アンブルゲサ」に感銘を受けた旅行作家の石田ゆうすけさん。同じスペイン語圏であるキューバーを訪れた時にも、メニューにその名前を見つけました。さてそのお味はいかに――。
前回、メキシコのハンバーガーが旨かったという話を書いたが、同国では僕は一度もバーガー店では食べおらず、いつも田舎のサンドイッチ屋台が出している1個50円ぐらいのハンバーガーを食べていた。パティは薄かったが、バンズに塗られるアボカドとの調和が見事で、メキシコはやはり料理のセンスがあるな、と感心したものだ。
メキシコは公用語がスペイン語なので、ハンバーガーは「hamburgesa」と書く。アンブルゲサと読む。
同じくスペイン語圏のキューバに行ったとき、その「hamburgesa」という文字に、十数年ぶりに再会した。
自転車で世界一周旅行をしたあと、まわりきれなかった国を、ちょくちょく取材にからめて訪問しているのだが、キューバもそのひとつだった。
1959年の革命を機に、社会主義国となったキューバは、アメリカによる経済封鎖も相まって、半世紀以上時間が止まったような状態になったのだが、それはこの国に降り立った瞬間から一目瞭然だった。コロニアル様式の古めかしい建物が立ち並び、50年代のクラシックカーが街道を走り回っている。さらに田舎に行けば馬車が公共の足として、タクシー代わりに群れを成して走っているのだ。
息を呑むような大自然の絶景というのはあまり見なかったが、広大な平原を抜け、村や町に入るたびにタイムスリップした気分が味わえるので、自転車でまわっていてこれほど楽しい国もなかった。
難点をいえば食べ物か。
自転車旅行はとにかく腹が減るうえ、小さい頃から食べることに異様に執着のあった僕にとって、食は旅の大きな要素だ。
ところがキューバの料理といえば、煮込んだ肉や野菜や豆とご飯が1枚の皿に手荒く盛られたワンプレートミールか、サンドイッチやピザのようなスナックばかりで、バリエーションがあまりないうえに、どれもなんというか、やる気のない味に感じられた。競争がないと、サービスや品質はやはりブラッシュアップされにくいんだなと実感する。
もちろん例外はあって、とある田舎町で食べた豚の丸焼きは、その肉のジューシーさにびっくりしたし、生のグアバからつくられるジュースもとんでもない旨さで、ジューススタンドを見つけるたびに飲んでいた。
それとやはり酒は現地で飲むのがベスト、というのはキューバも同じで、「ハバナクラブ」など現地産のラムでつくられたモヒートなどはミントが苦手な僕もドはまりし、毎晩のように飲んでいた。
そんなキューバを2週間かけて走り、首都のハバナに帰ってきた翌朝、たまたま入ったカフェのお品書きに「hamburgesa」の文字があったのだ。
懐かしい。メキシコで食べまくっていたせいか、字面からもう旨そうに見える。
アンブルゲサとグアバジュースを頼んだ。数時間後にキューバを発つから、この国最後のメシだ。終わりよければすべてよし。そうなるのではないか。なにせアンブルゲサだ。
料理が出されると、5秒ぐらい凝視した。バンズが異様に黄色いのだ。かぼちゃを練り合わせたとかではなく、いかにも合成着色料で染めたようなどぎつさだった。
無着色の自然なパンの色のほうが絶対旨そうに見えると思うが、なぜこんな食欲をなくす色にするんだろう?
でもパティは僕がメキシコで食べていたものよりずっと分厚かった。そこだけは少し期待が持てる。
かぶりつくと、歯はまずバンズに触れる。紙のようなパサパサした食感で、味らしい味がなく、かすかに化学薬品っぽい香りがするような......いや、気のせいだろう。そのバンズを抜けて歯がパティに達すると、かまぼこのような食感が伝わってきた。ああ、懐かしい。小学生の頃、よく弁当で食べていたハンバーグだ。魚肉ソーセージっぽい感じの。
「.........」
食べ物も時間が止まっているのね......。
文・写真:石田ゆうすけ