餃子の名店を一軒挙げるとすれば、ここだという人も多いだろう。創業1982年の東京・幡ヶ谷にある「您好」に餃子のつくり方を教えてもらうと、長く愛される理由が見えてきた。タベアルキストのマッキー牧元さんが、店主の野坂由郎さんにお店の味を習います。マッキーさん、習ってみてどうでしたか?
「您好」に通い始めて30年、ついに念願が叶った。ご主人の野坂さんから直々に、餃子作りの手ほどきを受けることができるのである。
あのつややかに輝く、滑らかな、もっちりとした皮が作れるのか。あの歯を喜ばせる肉あんが、できるのか。あのカリッカリに焼き上げられた焼餃子の秘密が、ついにわかるのか。
餃子作りは、生地作りから始まった。いきなり店で作る量の3キロである。大きなボウルに小麦粉を投入し、水を注ぎ、混ぜていく。その瞬間、小麦粉が目覚め、甘い香りが立ち上ってきた。
粉のないところに水を落とし、片手でボウルを回しながらこねていく。ボウルを回すことによって、効率よく、満遍なく混ぜることができる。おおっ、次第に生地としての形を成してきた。
次に体重をかけ、外から中心へ折り込むようにして、こねる。なんとかできたが、野坂さんの分厚い手でこねられる時の方が、生地が喜んでいるなあ。
そして餡を作る。肉餡のたくましい食感は、挽肉ではなく、塊から小豆大に切っていくことで生まれる。そして野菜類はみじん切りにして、脱水する。
みじん切りは普通、包丁の刃先を手で押さえて、根元を動かすが、野坂さん曰く、それでは大きさが均一ではなく、時間もかかるという。まな板に盛られた野菜の四方に包丁を細かく入れ、最後に中心を数回切れば、見事微塵となる。それをボウルに入れて揺らすと、大きな微塵だけが登ってくるので、それを拾って切る。うむ、料理書には書いてないことが随所にある。
肉と野菜、調味料と脂を入れて餡は完成。いよいよ皮作りである。棒状にした生地は、一回縒りをかけてから三つ折りにして、再び棒状にする。その時指摘された。
「指先を浮かしてもできるけど、まな板につけた方がプロっぽい。出来たら持ち上げて、クルッと回してお客さんの方を見る」。なんと野坂さん、見得を切っていたのである。目の前で今作っているのが、私の餃子かなと期待を高めるお客さんの胃袋を掴み、食欲をあおる、プロの見得である。
さらに一個分の分量ずつ切るのだが、包丁やスケッパーでは切らない。これも早く、見た目がかっこいいという理由で引きちぎっていく。
さあいよいよ難関の皮伸ばしである。これも説明がわかりやすい。皮を四分割に見立て、各部分を回しながら伸ばしていけばいいのだという。また破れぬよう、麺棒は中心を超えずに動かし、真ん中に小さい膨らみを残す。野坂さんのように、早く丸くはできないが、この教えに従って麺棒を動かせば、ケッコウうまくいく。楽しいぞ。
餡をすくうヘラの握り方も決まっている。餡をボウルの縁に引き寄せて、素早く適量をとり、指の付け根に乗せた皮に餡を、押し込むようにして乗せる。「餡をすくう前に、ボウルの縁を2回ほど叩くと、かっこいいですよ」。カンカン。うむ。何かすっかりプロになった気分である。
包むのも意外と簡単に形にはなるが、深い。ヒダを重ねずふんわり丸くするには、修練が必要になる。水餃子と焼き餃子は、皮の両端の包み方が違い、水餃子は片方だけを折り返して皮の重なり部分を少なくし、食感を軽やかにする。
そして焼きは両方を折り込んで上新粉水をくぐらせてから焼く。これは、ある夜野坂さんがTVを見ていて思いついたという仕事である。
こうして一つの餃子にいくつもの工程がある。その全てが論理的であり、微塵の無駄もない。そして食べる人への思いやりが込められている。だからこそ「您好」の餃子は、長年愛され続けているのだ。
文:マッキー牧元 写真:石井雄司
※この記事はプレジデントムック技あり!dancyu「ギョーザ」に掲載したものです。