今回のお題“パエリア”には、一体どんな真実が隠されているのでしょうか?私達が一度は食べたことのある、あんな料理やこんな料理には、隠された物語があることをご存知でしょうか?“知る”ことで、同じ料理が明日からちょっと美味しくなる連載をお届けします。
スペインから日本に留学しているジョアン君のため息は、「本場」を謳うスペイン料理店にパエリアが登場する度にもれる。サフラン色のライスの上には真っ赤な海老にイカ、タコ、ムール貝。おなじみの魚介のパエリアが大きな鍋で登場すれば大盛り上がりなのだが、ジョアン君だけは心のなかでこうつぶやくのだ。「ホントは違うんだけど……」。
実はジョアン君はパエリア(スペイン風に発音すればパエージャ)の故郷、バレンシアの出身である。パエージャに一過言あるのはやむを得まい。
イベリア半島の東側、地中海に面したバレンシアはオレンジで有名な場所だが、アラブから持ち込まれたといわれる米の一大産地でもある。パエージャはその昔、農作業の合間に畑でつくった昼ご飯が原型といわれている。野原で集めてきた薪を焚き、鍋をかけて米とそこらへんでとれた素材でつくる。薪はオレンジの木を使うのが最高だ。焼いたり炒めたりする浅い鉄鍋のことをバレンシア語でパエージャといい、それがこの料理の由来となった。
畑ご飯だから正式なレシピもルールもないが、“原型”は、アルブフェラという国定公園に指定されている湿原地帯に伝わるものといわれる。それがいつしか「パエージャ・バレンシアナ(バレンシア風パエージャ)」と呼ばれるようになった。
湿原の周りでとれる具材としてポピュラーなものは、この地で猟師たちが獲るウサギ肉や鴨肉とモロッコいんげん、さらには湿原地帯らしくカタツムリが入る。そう、元祖パエージャは、山の幸がメインで海の幸は入らない。だからバレンシア人は、魚介のパエージャが出るとつい、わかってないなーと反応してしまう。
だしを加えず素材の旨味を引き出すので滋味深いが、見た目は地味。だからだろう。今では、色鮮やかで味もはっきりわかりやすい「パエージャ・ミスタ(ミックス・パエージャ)」と呼ばれる鶏肉とシーフードたっぷりのパエージャがスペイン国内だけでなく、世界的にも人気だ。そのほか、実にさまざまなバリエーションのパエージャが登場している。同じく米処のスエカという町では年に一回、パエージャの世界コンクールが開かれるほどだ。
具はいろいろあれども、つくり方は基本的に同じで、パエージャ用の鍋にオリーブオイルをひいて具を炒め、米と色出しをしたサフラン水を加えて、水気をとばしながら煮る。鍋の底にソカラと呼ばれるお焦げができるようにするのがポイントだ。あくまでも具を炒めてから米を水分で「煮る」料理だ。蓋を開けずにパッパと「炊く」ものではない。
だからジョアン君、「五目炊き込みご飯」を「パエージャ・ハポネサ(日本風)」と言ってくれるけど、厳密にいうと違うんだな。「炊く」と「煮る」はむずかしい。
ねちっこい取材をウリにする食ライター。唐揚げにレモン汁をかけるのは嫌いだが、パエージャにレモン汁をかけるのは好き。
文:土田美登世 写真:加藤新作 料理:田中優子 取材協力:Makiko Sakakura
※この記事はdancyu2017年10月号に掲載したものです。