浅草橋にある「とんかつ藤芳」では、とんかつ屋ならではの良質なラードであげる絶品アジフライが楽しめます。
福岡生まれの僕は、子どもの頃からカレイの煮つけ、サバやアジの開きを食べて育った。当時はそれらが安い魚の代表格だったのだ。あまりにも食べすぎて嫌いになり、東京で一人暮らしをするようになってからは口にしなくなったが、不思議なことに40代になったあたりからグングン好きになり、いまではアジフライや塩サバは好物のひとつになっている。
「とんかつ藤芳」は、そんな僕から見て理想的なアジフライを出す店。家庭ではつくりえない衣のサクサク感と出来たてのアツアツ感、豊洲市場の専門店から仕入れた鮮度の良い魚が一体となって迫ってくる逸品である。じっくり味わって「旨い」と呟くのではなく、噛んだ瞬間に「うまっ!」と声が出る。食感がべらぼうに軽いのだ。
まず塩だけで食べてみたら、衣のおいしさがよくわかった。つぎにソースをかけると、淡白なアジに濃厚さが加わる。これはビールに合う。いや、ご飯も進む。とんかつとの合盛りを頼んだら、サクサクとガッシリの合体で無敵だ。
とんかつ屋が良質のラードで揚げるのは当然として、二代目店主に尋ねると、秘訣は揚げ方にあるらしい。アジフライはじっくり揚げるのではなく、衣の色が薄いきつね色に変わってきたらサッと引き上げるべきなのだそうだ。その時点でアジには十分に火が通っている。揚げ時間が長いと衣がベタつくし、身も硬くなる。
これほど完成度が高ければアジフライ目当ての客も多そうだが、ご主人は飄々としたもの。開店時からメニューにある定番商品だから絶やさずやってきた。先代のつくり方を忠実に守り、特別なことはしていないと笑う。
きっとそこがいいんだなあ。“こだわりのアジフライ”なんて言われたら、食べてて落ち着かないしね。
分厚いバラ肉を一晩かけて煮込んでから揚げる、二代目が考案したオリジナルの人気メニュー“豚のトロとろかつ定食”970円。肉の柔らかさに驚かされる。
文:北尾 トロ 写真:本野 克佳
※この記事の内容はdancyu2019年10月号に掲載したものです。