世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
アフリカのソウルフード"ニャマチョマ"を食べ歩く|世界の肉料理③

アフリカのソウルフード"ニャマチョマ"を食べ歩く|世界の肉料理③

世界中を旅し、さまざまな食文化に触れ、日本の常識では考えられないような料理に出会っても、たいていは驚かなくなった石田さん。しかし、その石田さんを絶句させた「決してまねしてはいけない肉料理」に出会ったと言います。その衝撃の料理とは――。

強烈な香りが旨味になるヤギ肉料理

よい子は絶対まねしてはいけない世界の肉料理レシピも紹介したい。
西アフリカの一国マリでのことだ。
アフリカではヤギをよく食べる。
村ではヤギが放し飼いにされ、というより野良ヤギのようにそこらじゅうにいて、メエエエ、メエエエ、と鳴きながら日がな一日草を食べている。
村の男たちは定期的にヤギをつかまえ、屠る。断末魔の叫びが村に響く。子供たちは命を食べて生きていることを早いうちから自覚しているのだろう。

ヤギ肉はごった煮にしたり、塩胡椒をして網の上で焼いたりする。この焼肉を「ニャマチョマ」と呼ぶ。その名前の響きも含めて僕はこのニャマチョマが大好きだった。
ヤギ肉はムチッとした弾力があって、かすかにおしっこ臭がする。たまに強く香ることもある。最初は抵抗があったが、そのうち慣れてしまう。するとその香りが旨味に変わる。鼻の曲がりそうなチーズが食べ慣れるとおいしくなるように。

西アフリカではふたりの仲間がいた。日本人のシンジとルーマニア人のアンドレイだ。
自転車で世界を旅する者は珍しくない。おまけにアフリカや南米は道路網がシンプルなうえに、みんな同じようなルートをとるからちょくちょく出会うし、一緒に走ることもある。
シンジとはものすごく気が合った。関西人同士、笑いのツボが同じで、頭の悪い話をし合ってゲラゲラ笑いながら楽しく旅をしていた。
そこに加わったのがアンドレイだ。彼とは犬猿だった。大男で、粗野で、40歳とは思えないぐらい子供で、わがままで、虚勢を張り、いやみを言う。ときにはドキッとするようなやさしさを見せ、人として彼のほうが数段上だ、と思わされたりもするのだが、次の瞬間には人としてありえない言動をとり、殴りたい衝動に駆られる。つまりとてもおもしろい人間なのだが、生存限界と感じるほど暑くて道も悪い西アフリカでは心の余裕もなくなり、彼とはとにかくよくケンカした。それなのになぜか3人の旅は続いた(3ヶ月も)。
余談だが、このアンドレイは僕の紀行には出てこない。なぜなら彼のことを書き出すと、それだけで1冊になりそうだからだ。

口にしてはいけない灰色の“ニャマチョマ”

ある日の昼過ぎ、村に着いた。露店が道端に出て、煙を上げている。ニャマチョマだ。肉の焼ける匂いで腹が減ってきた。じゃんけんで負けた僕が代表で買いにいった。
3人前を頼むと、露店のおばさんは大きな茶色い紙を無造作に手で破り、それで肉を包んだ。アフリカではたいてい新聞紙にくるんで渡されるが、この村には新聞紙もないのだろうか。
それ以上は深く考えずに肉を受け取った。それを3人で囲み、紙を開くと、肉がうっすらと灰色になっている。
「あれ?」
灰色の粉が肉にまぶされているのだ。見慣れないスパイスだな、こんなレシピは初めてだ、と思ったのも束の間、すぐにいやな予感に襲われた。茶色い紙をめくってみると、《CEMENT》という文字。セメント。
「………」

アフリカでは理解に苦しむことを数多く経験したせいか、たいていのことには驚かなくなっていたが、このときは「セメントを入れていた工業用の袋で食べものを包むんや……」と軽くショックを受けた。脳天気なアンドレイでさえ愁いを帯びた表情でセメントまみれの肉を見ている。シンジも目を細め、菩薩の顔になっていた。みんな静かだった。
その一方で、男たちの無言のせめぎ合いが始まっていた。3人ともビッグな男でいたいのだ。肝っ玉の据わった豪傑でありたいのだ。セメントがどうした。お前らそんなのびびってんのかよ。俺はまったく気にしないぜ。ほら。
と気楽にその肉を口に放り込めればどれだけカッコいいだろう。でもこれがなかなか勇気のいることだった。工業製品まみれの肉というのは、例えるなら、農薬と思しき白い粉が全面にふいた葡萄のような……いや、問題の質が違うな(それにあの白い粉は農薬じゃないとか)。肉についたこの灰色の粉は、もとより口に入れるという前提が皆無なのだ。それだけに人を寄せ付けない冷ややかな気配があった。
とはいえ、僕たちはやはりバカなので、めいめいが肉に手をのばし、表面の粉を指で拭いて口に放り込んだ。
どうやってもセメントは拭いきれないようで、口内にザラッとした感触が残った。砂場に落ちた肉を食べているみたいだ。アンドレイでさえ人生に疲れた中年男性のような悲哀を顔に浮かべ、ぽつりとつぶやいた。
「セメントが体にいいって話は、俺ァ聞いたことがねえな」
あとで調べたら、固まる前のセメントは水と接すると強アルカリ性になるので、素手での取り扱いはNGらしい。いわんや嚥下をや。
もっとも、僕とシンジはいまも元気だし、アンドレイとは最終的にケンカ別れをしてその後の消息はつかめていないのだが、まぁ間違いなくピンピンしているだろう。

文・写真:石田ゆうすけ

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。