カメラマンの公文健太郎さん。今、食べに行きたい、会いに行きたい料理はなんですか?と聞くと……。
土曜日の放課後、ランドセルを背負った僕は、一目散に家を目指した。昼ご飯をかき込んで、またすぐに通学路をかけて戻り、誰よりも早く戸を叩く。外で遊ぶことばかりで、習い事全般が大嫌いだった僕が習字教室に通えたのは、一番に戸を叩いた者だけ許された甘いご褒美が目当てだったからだ。
おばあさん先生はいつも奥の部屋で自身の昼ご飯にと餅を焼いていて、それを一つご褒美にくれた。山盛りの砂糖を加えた醤油をびったりとつけて、2番手が来る前にぺろりと食べた。僕の家では許されなかった(今思えば発想としてなかった)砂糖醤油。その味が僕の味の原体験のように思う。以来僕は甘醤油に弱い。
2020年春。家に籠ることを強いられた僕が今食べたい3皿について書こうと思う。
今は東京の自宅でゆっくりと過ごしている。妻のつくる絶品3皿についてもいつか書いてみたいが、旅先の飯はそこに出会いがあり、スリルがあり、驚きがあった。うまいもののことを思い出すと早く出かけたくなるばかりだが、今は書道教室はおろか、駄菓子屋にも通えない子供たちが家で過ごすことを楽しもうと努力している。僕のようにうまいものためにかける子供が自由に走っていける日が早く来ることを祈りつつ、大人はそんな子供たちのために、家の台所で奮闘するとしたい。
写真・文:公文健太郎