ドメーヌタカヒコが考える余市とワインの未来。
余市と「noma」を結ぶワイン。

余市と「noma」を結ぶワイン。

英国の出版社による「世界のベストレストラン50」で世界一に輝いたデンマーク・コペンハーゲンのレストラン「noma」で、ドメーヌ・タカヒコのワインが採用されるという快挙を遂げた。造り手の曽我貴彦さんが語る自身のワインの魅力とは?そして余市の未来とは? 

ドメーヌ・タカヒコの赤ワインは、小雨降る森の香りがした。 

ピノ・ノワールの畑に立つ「ドメーヌ・タカヒコ」の曽我貴彦さん。1972年生まれ、実家は長野県小布施ワイナリーで、曽我さんは次男。大学で醸造学を学びながら微生物研究者をめざすも、ワインに惹かれて「ココ・ファーム・ワイナリー」を経て独立に至った。

北海道余市町登(のぼり)地区。納屋を改造したという小さな醸造所の中で、ドメーヌ・タカヒコの醸造家、曽我貴彦さんはグラスにワインをとぷとぷと注いでくれた。 

殺風景な蔵の中で、透明感のあるワインが注がれたグラスはそこだけ生命が宿ったようだ。 
はじめに、ねかせて間もない「ナナツモリ ピノ・ノワール」を。淡く若く、軽やかな酸味が印象的だ。

次に、このたびデンマーク・コペンハーゲンの世界的に有名なノルディックレストラン「noma」にオンリストされた「ナナツモリ ピノ・ノワール2017」を飲ませてもらう。 

圧倒的な存在感を感じるワインだった。決して、味が濃いとか、あからさまなインパクトがあるという意味ではない。小雨が降った秋の森の落ち葉の重なりや土の香りをイメージさせる。
淡いのに旨い。
だしのような繊細な広がり、心地よい余韻が舌を覆った。

その味わいこそまさに、曽我さんが意図して落とし込んだものだった。

「これは日本の森の香りなんですよ。ヨーロッパのような大木が茂る森ではなく、神社や仏閣の参道を歩いたときに感じる杉林やミントのようなグリーンの香り。このワインが心地よく感じられるのは、自然の香りに近いからでしょう。日本は雨の多い湿った世界です。このワインの味わいで感じるのは、濡れた落ち葉。その下に広がる腐葉土。懐かしい世界観。太陽がギラギラと照り付ける国とは違うブドウの熟し方をするので、味が濃いわけではない。でも淡さのなかに旨味があり、余韻がある。だしのような旨味であり、土瓶蒸しのような風味と余韻が生まれ、その先には涙が出てくるような感動の世界が広がっています」 

「『noma』採用を機に、日本のワインのおもしろさが伝わればいい」。

世界的に有名なレストラン「noma」に採用されたきっかけは、余市町の齊藤啓輔町長自ら「noma」を訪問し、同店のソムリエにドメーヌ・タカヒコをはじめ、余市町のワインを紹介したことにある。ソムリエは、ジュラやブルゴーニュなど数十本のワインをテイスティングし、その中からドメーヌ・タカヒコの自社畑栽培のピノ・ノワール100%で造った「ナナツモリ ピノ・ノワール 2017」を選んだのだった。

ワインのエチケットにも描かれる図案は「五三の桐」の家紋を葡萄(ピノ・ノワール)の葉に見立てて曽我さんがアレンジしたもの。

曽我さんは言う。
「日本のテロワールとして育ててきたブドウ、僕たち日本人じゃないと造れないワインを認めてくれたことが純粋に嬉しいですね。薄いと捉えるのではなく繊細であり旨味があることを認めてくれたんだな、って。ワインは風土と感性を詰めたもの。これを機に、グローバルな味わいじゃないけれど、『日本のワインはおもしろい』と思ってくれる方が増えたらいいですね」


余市はのびしろの町。確実にワインの文化が広まっている。

曽我さんが余市でワイナリーを設立した2010年、既存のワイナリーは老舗の余市ワイナリー1軒のみ。ドメーヌ・タカヒコを含めて2軒しかなかった。だが現在は、余市町に11軒、隣の仁木町と赤井川村を含む余市郡だと14軒ものワイナリーがある

これだけワイナリーが増えたことは、曽我さんがワイン造りの場所を余市に決めてよかったと、心から思うことのひとつでもある。

「ワイン用ブドウの栽培が盛んな余市は、伸びしろの町。小さなワイナリーが増えるのはとても面白いことだし、クラフトのリトルリーグができるような愉しさ、強さがあります。もっとワイナリーが増えればいいと思っています。町のイベントをやったって、造り手が多い方が賑やかで愉しいじゃないですか。余市はニッカという宝物も背負っています。ここまでの歩みは想像以上に苦労しなかった……っていったら嘘になるかな(笑)」

たしかに、ワイナリーの近くのレストランで食事をした際、オーナーシェフの口から「余市のワインだけでワインリストがつくれるようになりました」という言葉を聞いた。

ドメーヌ・タカヒコのピノ・ノワールが植わるブドウ畑。かつては、7種類の果実を植えていた畑だったため、ワインに「ナナツモリ」と命名した。

理想論ではなく、曽我さんは想いを日々実践している。
まずは、自らがよいブドウ、よいワインをつくること。
次に栽培や醸造を含めてワインの文化を広めること。ワインを造りたい人が訪ねてくれば、アドバイスをしたり、時には造り手へのセミナーを開いたり。

余市町のワインイベントがあれば、少量生産ゆえに国内はおろか町内でもなかなか入手しづらいワインだというのに、グラスの販売に限ってできる限りの提供をしている。

この先は、曽我さんはどんなワインを造っていくのか?
「スパークリングを造ったり、ラインナップを増やしていくことも?」と訊ねたら、笑われてしまった。

「いえいえ。むしろ1銘柄に絞り込んでいきたいんです。ピノ・ノワール100%のワインに集中したい。自分はどんな絵が描きたいのかが見えてます。ワインはブドウの味で100%決まります。70点のブドウで100点のワインを造ることはできません。畑にこだわる農夫でありたいんです」

きんと冷えた空気、清らかな雪原の上で、自分の言葉をよどみなく語る曽我さんが恰好よかった。人を惹きつける力の一部を見させてもらった気がした。

それでも物語はまだ始まったばかり。
来年、再来年、その先も。また余市を訪ね、物語の続きを知りたいと思った。


――おしまい。

文:沼由美子 写真:中島博美

沼 由美子

沼 由美子 (ライター・編集者)

横浜生まれ。バー巡りがライフワーク。とくに日本のバー文化の黎明期を支えてきた“おじいさんバーテンダー”にシビれる。醸造酒、蒸留酒も共に愛しており、フルーツブランデーに関しては東欧、フランス・アルザスの蒸留所を訪ねるほど惹かれている。最近は、まわれどまわれどその魅力が尽きることのない懐深き街、浅草を探訪する日々。

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