令和元年に発生した台風第15号と19号。茨城県小美玉市の東ヶ崎茂喜さんのにら畑は両台風によって2割が水没し、ハウスや農業機械にも大きな被害が出た。東ヶ崎さんのにらを高く評価する日本料理店の主人は心配のあまり現地を見舞った。
佐藤雄一さんは、神奈川県・箱根の「強羅花壇」での修業後、日本料理店、鮨店などで経験を積み、2006年に東京・恵比寿に「Ryori 雄」を開業した。素材の持ち味を活かすその料理には熱心なファンがいる。
故郷の農家の窮状は「いばらき食のアンバサダー」として茨城県産の野菜をふんだんに使う佐藤さんの耳に早くから入っていた。なかでも気がかりだったのは、茨城県小美玉市にあるにら農家の東ヶ崎ファームだった。
「東ヶ崎ファームのにらは柔らかくて味が濃い。一口で違いがわかります。ハウスの一部がやられたと聞いたので、どうなっているか……」。今年2月、佐藤さんは農場に向かった。
台風の爪痕はくっきりと残っていた。強風で皮膜のビニールが吹き飛び、骨組みだけになったビニールハウスの中には、ぺったりと倒伏したにらが無残な姿を晒していた。「雨や風でダメになったのは全体の2割ほど。農機具も結構やられました。でも、一番刈りのにらは元気ですよ」。東ヶ崎さんの表情は意外と明るい。
「一番刈り」とはシーズン最初の収穫となるにらのこと。肉厚、幅広でシャキシャキとした歯ごたえがあり、ほのかな甘味がある。一番刈りの畑を案内してくれた東ヶ崎さんは、青々と育つにらを前に、「これでもほんの一部なんです」と言う。東ヶ崎ファームの栽培面積は全体で東京ドーム2つ分。初めて現地を見た佐藤さんは「こんなに広かったの」と驚きの声を上げた。
「あれ、でも、こっちはにらじゃないですね」。不思議そうに隣の畑を指さす佐藤さんに東ヶ崎さんが説明する。「畑全部ににらを植えたら、良いにらはできないんですよ。私はできるだけ化学肥料や農薬を使わないように心がけています。そのためには同じ畑での連作を避け、土を休ませて地力を高めないといけない」。
一般に農作物は同じ畑で同じ品種をつくり続けると連作障害が発生し、生産量が落ちるだけでなく、病気などが発生しやすくなる。そうしたトラブルを避けるために、化学肥料や農薬を使った畑の消毒が必要になる。
東ヶ崎ファームでは、にらの収穫が終わった畑にイネ科やマメ科の牧草を植える。畑にすき込んで天然の肥料にするためだ。さらに自家製の植物性堆肥も施肥している。畑にしっかり休養期間を与え、健康な土をつくることでにらをおいしくしているのだ。
東ヶ崎ファームでは、一日に700kg近いにらを出荷している。大量のにらを出荷する仕事に当たるのは約20人のパート従業員。畑に被害が出て出荷量が減ると、地域の雇用にも悪影響が及ぶ。東日本大震災の後、小美玉市のにらは風評被害によって大打撃を受けた。そのときの経験から、“強い農家”にならねばと感じた東ヶ崎さんは、食品スーパーなどとの直接取引を広げてきた。今回の被害を受けて、販路開拓をさらに加速させる必要を感じている。
「知り合いの飲食店には、このにらのすごさをどんどん伝えていきます。それに加えて、何か飛び道具があるといいですね。多くの人に手軽にこのにらのおいしさを知ってもらえる加工品を一緒に作りませんか」。佐藤さんは、東ヶ崎さんと同じ小美玉市の農家がつくる苺を使った「いちごミルク羊羹」を一年がかりで開発し、通販用の人気商品に育て上げた経験がある。小美玉市のにらでも同じことができないかと考え始めていた。
「ヒントになるかどうかわかりませんが、うちのにら料理を食べていってください」。そう言って東ヶ崎さんの自宅キッチンに佐藤さんを案内した。東ヶ崎さんの奥様が手早くつくってくれたのはにらのぬた、竹輪の穴ににらを詰めた天ぷら、そして豚肉とにらのしゃぶしゃぶ。さっと湯を通したにらを箸に取った佐藤さんが言う。「東ヶ崎さんのにらの実力が一番よくわかるのが、この食べ方だね。絹のような舌ざわりと柔らかな歯ざわり。それでいて、しっかりと旨味と甘味がある。正直、東ヶ崎さんと出会うまで、にらがこんなにすごい食材とは思っていなかった」。
試食を終えて佐藤さんが次に向かったのは東ヶ崎さんから紹介されたアクト農場。茨城県茨城町の40ha余りの土地に400棟を超えるハウスを並べる農業生産法人だ。春菊、小ねぎ、バジル、パクチー、ルッコラなど多品種の野菜を育て、県内だけでなく、都内の有名レストランにも出荷している。やはり、自分たちで堆肥をつくり、手振りで施肥するなど土を大事にする農場である。
アクト農場は台風15号によって、ハウスや堆肥置場が破損、農機具が水没するなどの被害を受けた。代表の関治男さんは「販路をさらに広げ、会社としての基礎体力を向上させないと……」と話しながら農場を案内してくれた。
佐藤さんが目を留めたのは春菊だった。「香りがすごい。葉は柔らかく、茎はシャキッとした歯ざわりで、メリハリがあって申し分ないですね」と満面の笑み。「多品種を配送してくれる農家さんは飲食店にとって武器になります。早速うちの店でも料理にしてみます」。
次回、福島県いわき市の農家を支援するシェフの萩春朋さん、中田智之さんとともに佐藤さんの野菜料理を披露します。
にら | 400g(4束程度) |
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合わせ味噌 | 大さじ6 |
砂糖 | 大さじ4 |
酢 | 大さじ2 |
柚子 | 中サイズ1個 |
たっぷりの湯ににらを茎のほうから入れ1分程度湯がき、さっと水にくぐらせザルに上げて水切りをする。
柚子は皮をむき、みじん切りにする。実は半分に切り、果汁を搾る。
ボウルに味噌、砂糖、酢、柚子の皮、柚子果汁を加えてよく混ぜ合わせる。
にらは水気をよく絞り、3cm幅でカットして盛りつけ、柚子味噌をかけて完成。
にら | 400g(4束程度) |
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豚バラ肉 | 300g(薄切り) |
豆腐 | 一丁 |
昆布 | 10g |
ポン酢 | 適宜 |
塩 | 適宜 |
水1Lと昆布を鍋に入れて加熱し、ぽこぽこと泡が出だしたら火を止めて昆布を取り出す。
にら、豚肉、豆腐は食べやすいサイズにカットして準備。
1の昆布だしは沸騰する手前(90℃程度)の温度を保ち、にら、豚肉を適宜くぐらせる。
ポン酢もしくは塩を少量ふって召し上がれ。
経済産業省「令和元年度地域の魅力発信による消費拡大事業」運営事務局
「令和元年度地域の魅力発信による消費拡大事業プロジェクト」公式サイトへ文:松本えり 写真:山出高士