「ラハメン ヤマン」は、東京は江古田の街で17年近くも愛されているラスタなラーメン店。なのに、長く通う常連すら知らない隠れ(すぎている?)メニューがいくつもある。くすりと笑いを誘うその理由とは?
店頭ではためくジャマイカ国旗、ボブ・マーリーのポスターやレコードジャケットが飾られた店内、BGMはレゲエ、店主はアフロ……。これだけ聞くと、東京・江古田「ラハメン ヤマン」はずい分とがったお店のように聞こえるけれど、店主の町田好幸さんがつくるラーメンはとても優しい味がする。
スープは、鶏と豚から取る動物系と昆布や干し椎茸、カタクチ煮干し、節類から取る和だしをブレンドしたもの。ど定番の“らはめん”は、そこに醤油ダレと鶏油、香味油を合わせてつくる。見た目はシンプルながらも、飲み応えはしっかり。複雑な旨味が幾重にも重なり、余韻となっていつまでも続く。「ヤマン」の神髄を伝える、登竜門的存在だ。
「ヤマン」のラーメンはトッピングも絶品。タレの味が染みた分厚いバラロールや、これまたしっかり味の付いたコリコリメンマ、トロトロの味玉と、どれも丁寧につくられた味がする。「今日は欲張って“特製”を頼んでみようかな!」と張り切ったところで、はたと気が付いた。そういえば、何度メニュー表を見返しても“特製”の文字が……ない。
「バランスが壊れてしまうのが嫌なので、うちではあえて特製ラーメンを出していないんです」
口調は穏やかながら、1杯の丼にかける町田さんの強い想いが伝わってくる。
ラーメンの双璧を成す“塩らは”は、さらにだしの旨味が効いている。スープに浮かんだ揚げネギと大葉の風味もアクセントになっていて旨っ!
「実は、定番のらはめんよりもこちらが先に完成していたんですよ」
町田さんもその味に胸を張る。
ヤマンのもちもち麺はつけめんにしても美味。むしろ、さらにコシが出て一層旨さが増す。希望に応じて大盛りまで麺を増量してくれるところも、今どき嬉しい。
「つけめんの並盛りは255g、中盛りは300g、大盛りは340g。ほとんどの人が大盛りを頼んでいきますよね、タダだから(苦笑)」
ちなみに、ラーメンの麺大盛りにも対応している。もちろんタダで。
つけめんを啜りながらふと店内に目をやると、こんな物を見つけてしまった。
「LEMON 無料 塩つけに合うよ」
あちこちに貼られたボブ・マーリーに紛れて、おすすめの食べ方をこっそり教えてくれているではないか。
え?じゃあ、今までラスタな演出だと思っていた物たちは一体……。慌てて手元のカウンターに目を落とすと、それまで気が付かなかったメニューが出てくるわ、出てくるわ!
「“JUNKらはめん”なんてメニュー、ありましたっけ?」
「もう何年も前からやっていますよ」
うそでしょ!?何度も来店しているけど全然気が付かなかった。
「うちわの後ろとか、メニューの裏側とか、メニュースタンドの隠れている部分とか、見えないところにもいろいろなメニューが書いてあるんです。店が狭いから他に書くところもなくて……。別に隠しているわけではないんですけどね」
そう話す町田さんの顔は心なしかにやけているようにも見える。
「何年も通っている常連さんも気が付かないメニューが実はいろいろあるんです。いや、別に隠しているわけではないんですよ」
やっぱり。顔がちょっと笑っているじゃん。
「じゃあ、“あぶらは”ももらえますか」
あぶらはとは、スープがないいわゆる油そばのこと。
「醤油、塩がありますがどっちにしましょう?」
「え?塩もあるの?」
「はい。あぶらは醤油と塩だけですが、ラーメンとつけめんは、11から3月の冬の間は味噌もやっています」
待って、待って。さっきから、一気に知らない味が増えちゃった!ちなみに、春は“ゴマつけ”、夏は“冷やし”、秋は“ジャージャー麺”が限定の味としてお目見えするそう。
タレや鶏油を纏ったむっちむちの麺は実に魅惑的な味。スープがない分、ラーメンやつけめんとはまた違った麺のおいしさを感じることできる。さすがは自家製麺!
「店で毎朝打っていますからね。太るのが嫌だから必ずマスクをして作業していますけど」
自家製麺のお店は何軒もあるけれど、“太るのが嫌だからマスクをする”なんて理由、初めて聞いた。
「だって、粉を吸って太ったら嫌じゃないですか!」
今回の来訪で初めて知ったもうひとつのメニュー“JUNKらはめん”は15時以降にだけ登場する限定の味。らはめんを炊いた時のガラ類に鶏ガラ、豚足、モミジを新たに加えて濃厚なスープに仕立てている。
「旨味調味料を使わずに、うちなりのジャンクな味を体現しました」と町田さんは話すけれど、やっぱりヤマンらしい優しい味がした。
でも、別添えの魚粉を投入すると一気にパンチの効いた味わいになる。
「そういえば、町田さんはジャマイカに行ったことがあるんですか?」
食後の会話を楽しんでいると、「いえ、一度も」という衝撃の言葉が厨房から返ってきた。
「店をラスタにするほどジャマイカ好きなのに?」
「大好きだからこそ、調べれば調べるほど怖くて行けない。でも一生に一度は行ってみたいですよね。行ったら死んじゃうかもだけど(苦笑)」
決して口数は多くないけれど、町田さんとの何気ないやりとりも味わい深い「ラハメン ヤマン」。
店を訪ねたら、アフロな店主にも話しかけてみてほしい。ぜひ勇気を出して。
――おわり。
文:松井さおり 写真:門馬央典