東京は江古田にある「ラハメン ヤマン」はレゲエが流れるラーメン店。おまけに店主はアフロときているけれど、ラーメンをひと口食べれば、きっと感じてもらえるに違いない。愚直なまでにまっすぐな、彼のラーメン愛を――。
「ラハメン ヤマン」のラーメンは、ラスタな店内からはおよそ想像もつかないような優等生的なヴィジュアルで供される。旨味調味料不使用の超真面目系。一見おとなしそうだけれど、ひとたびスープを啜れば、複雑に絡み合った素材の旨みが深い余韻となって何度も押し寄せる。
「ヤマン」では、丸鶏、鶏ガラ、モミジなどの鶏素材を軸に、ゲンコツ、背ガラ、豚足といった豚素材を加えてスープを仕込んでいる。大量の食材を寸胴鍋に押し込むようにして炊いているそう。
「ラーメンらしい味といったら、やっぱり鶏。鶏のだしって香りもいいでしょう?うちでは丸鶏だけでなく丸鶏のミンチも使って、肉の旨味もしっかり出すようにしています。でも、コクは豚のだしに叶わない。ゲンコツや背ガラを使っているのはそのためです」
店主の町田好幸さんは、そのゲンコツを律義にも自分で割っている。昔ながらのラーメン店のようだ。こう見えて(失礼!)、意外と古風なんだなぁ。
「今はカットされたゲンコツを仕入れる店も多いのに?」と尋ねると、「何日もグツグツ煮込むわけではないので、それだと中の髄が出きらないんですよ」と教えてくれた。
「だから、仕込みの時は毎回、金づちで骨を割っています。髄が出やすいように、斜め方向にね」
その作業風景を見せてもらうと、本当に骨の断面が斜めになっていた。金づちでただ叩いているだけ(に見える)なのに、おもしろいほどきれいに骨が割れていく。
「簡単そうに見えるけれど、きっと技がいるんですよね?」と尋ねると、町田さんはにやりと笑って顔を上げた。
さらに、チャーシュー用の豚バラ肉と香味野菜を加えてコトコトコト。
今度はここに、別に取っていた昆布や干し椎茸、カタクチ煮干し、節類からとった和風だしを加えて、魚介の風味を重ねていく。
「油にも魚の香りを移したいので、動物系スープを濾す前に和風だしを合わせるのがポイントです」
町田さん曰く「スープとは、旨味を凝縮させるもの」。
何かの味を突出させるのではなく、「何を使っているんだろう?」と思わせるような複雑かつバランスとれた味づくりを心掛けているそう。目指しているのは、帰る時に「また食べたい」と思ってもらえるような名残惜しい味。ひと口目のガツンとしたインパクトよりも、長く続く余韻を大切にしている。
最近はラーメン店にも働き方改革の波が広がっていて、10年前に比べると朝早くから仕込みを開始する店がずい分減ってきた。それでもヤマンの仕込みは、オープンから17年近くが経った今も、朝7時過ぎにはスタートする。スープやチャーシューの仕込み、製麺作業と、朝からとにかく忙しい。店主の町田好幸さんが、これらの作業をすべてひとりで行っている。
「スープの仕込みがない日は時間が空くので、チャンスとばかりに朝から10km走っていますね」
ちょっと待って!週に一度の定休日は、ラーメンを食べるために数十kmも先の店に自転車を走らせていると言っていなかったっけ?
「そうそう。雨が降った日だけは電車でラーメンを食べに行っているので、(定休日の)木曜日に時々雨が降ってくれないと死んじゃう(笑)」
いや、お願いだから、休んでください!
チャーシューは厚めにスライスされたバラロール。ホロホロと崩れるやわらかなチャーシューは町田さんの好みではないため、適度な肉感を残すべく、スープで煮る時間は40~50分と最小限に留めている。動物スープで煮た後、火入れと味付けを兼ねて、さらに20分ほどタレで煮る。
「らはめん ヤマン」は麺も自家製。でも、店の中のどこを見渡しても製麺機が見当たらない。
「この小さな店の一体どこに製麺機が?」と尋ねると、勝手口の階段下スペースに押し込めるように置かれた製麺機を見せてくれた。
え?ここで麺を打っているんですか?だって、立つのも、座るのもやっとというぐらいのスペースしかない。
「厨房の熱や湿気がこもってしまうので、勝手口のドアは開け放して作業しています。もう、ほぼ外ですよね。冬は寒いので辛いです」
そんな過酷な状況で毎朝製麺作業を行っているのかと思うと泣けてくる。
小さな店舗のため、作業をしていない時は物置と化している製麺スペース。そのため、製麺作業の度に毎日まわりの物を客席に出したり戻したりしているそう。
「ヤマンではこれを『引っ越し』と呼んでいます」
そう話す町田さんはいたってまじめ顔だ。ちなみに、引っ越しはアルバイトの仕事なのだとか。毎日ご苦労さまです……。
あらためて厨房を覗いてみると、今度はテボが見当たらない。「もしかして?」と思ったら予想が的中。ヤマンでは、平ざるを使い、昔ながらの手法で麺を茹でているのだ。
「だって、テボで茹でたら、麺が窮屈そうでしょう?」
なんたるラーメン愛!
平ざるで器用に麺を拾い上げ、湯を切る姿はまさに昔ながらのラーメン店。そう、こう見えて(再び失礼!)、町田さんは生粋のラーメン職人なのである。“見た目はアフロ”なんて、連呼してごめんなさい。
――つづく。
文:松井さおり 写真:門馬央典