東京都立浅草高校夜間部(正しくは、昼から夜の授業を担当する三部制B勤務)国語教師、神林桂一さんによる浅草エリアのランチ案内です。足を運んで、食べて選んだ自作ミニコミ「浅草ランチ・ベスト100」の「カレー」部門より、スパイスカレー店の登場です!
前回は、カレーが“国民食”になるまでの過程をまとめたが、今回は“カレーの進化”について年表で整理する。
明治時代 カレーは、明治時代にイギリスから入ってきた(後に「欧風カレー」と呼ばれる系統)。
1927年 飲食店として日本で初めて“純印度式カリー”を提供。
1949年 日本最古のインド料理専門店、銀座「ナイルレストラン」創業。
1970~80年代 「マハラジャ」(1968年)、「サムラート」(1980年)、「モティ」(1987年)などが大人気になり、「ナン」とセットで食べる習慣が定着する。
1990年代 エスニックブームで「タイカレー」が身近なものになる。
1999年 横須賀が「よこすか海軍カレー」で町おこしをスタート。
2003年 「横濱カレーミュージアム」(2001年~07年閉館)に札幌「マジックスパイス」が出店し、「スープカレー」が全国に知られるようになる。
2007年頃〜 「ゴーゴーカレー」など「金沢カレー」が話題に。
2017年頃〜 大阪発の「スパイスカレー」が東京でもブームになる。
では今回のテーマ、スパイスカレーとは何か。『dancyu』2018年9月号「スパイスカレー 新・国民食宣言」特集などを参考に、僕なりにまとめてみる。
① 1992年創業の大阪「カシミール」が源流だといわれる。
② ルウを使わずに、スパイスを組み合わせてつくる。
③ ナンではなく、ご飯と合わせる。
④ 今までのスパイスの常識にとらわれない個性的な「俺系オリジナル」スタイルが特徴の「大阪スパイスカレー」というカルチャーが生まれる。
⑤ 複数のカレーの「合がけ」や副菜を添えるスタイルは、スリランカカレーの影響といわれている。
⑥ 「和だし」を使うつくり手がいるのも特徴。鰹節、昆布、いりこ、あご、魚のあらなど多彩。
⑦ バーや居酒屋の昼の空き時間に営業する「間借り」店もある。
1990年代大阪に大阪で誕生した「スパイスカレー」の源流といわれる、大阪「カシミール」店主の後藤明人氏は、音楽ユニットEGO‐WRAPPIN’(エゴ・ラッピン)の初期メンバーでベーシストだったアーティストだ。
余談だが、EGO‐WRAPPINは、多様なジャンルをクロスオーバーさせたサウンドでファンが多い大阪出身の音楽ユニット。近年は、ギターの森雅樹さん(森ラッピン)が浅草在住ということで、浅草を舞台にしたオダギリジョー主演のドラマ『リバースエッジ大川端探偵社』(テレビ東京・2014年)の音楽を担当したり、山谷を盛り上げるイベント「いろは会ミュージックフェス」(2014年・2015年)に出演したりと、浅草との縁が深い。
僕も「正直ビアホール」(前シリーズ「観光客の知らない浅草~浅草高校・国語教師の飲み倒れ講座~ 神林先生の浅草ひとり飲み案内」で紹介)で、よくご一緒させていただいた。
その、エゴ・ラッピンゆかりのスパイスカレーが満を持して浅草に登場した。その名も「SPICE SPACE UGAYA(スパイス スペース ウガヤ)」。
何と血湧き肉踊る響きではないか!
「ウガヤ」とは何か。タミル語かヒンディー語か?
きいてみたらマスター・宇賀村敏久さんのウガであった。
「UGAYA」のカレーは独学だが、ルウおよび小麦粉を使わずにスパイスを組み合わせてつくるグルテンフリーのカレーだ。
2018年オープンで、その前に1年間ほど近くのバー「Chanbow(チャンボウ)」でランチのみの「間借り」をしていた。「和だし」も使い、メニューには「合がけ」もある……と、スパイスカレーの定石を踏んでいる。盛り付けも華やかだ。
「UGAYA」は料理の盛り付けだけでなく、店もオシャレだ。それもそのはず、マスターは元々デザイナーで、「テレビ朝日クリエイト」に所属し、グラフィック制作やWEBデザインも手がけていた。高校1年からは20歳ごろまでは和食店でバイトしており、その経験も活きている。加えて、店を開く前にはスパイスの学校に2年通い、スパイスコーディネーターの資格も取っている。いろいろな要素が加わり、「UGAYA」のカレーはとてもクリエイティブだ。
注文は、まずカレーの種類を選ぶ。定番6種類(牛すじ・チキン・豚バラ・ドライキーマ・鯖キーマ・野菜)の他に、週替りカレーがあることも。2種類の「合がけ」がおススメだ。ランチはすべて100円引きになり、ご飯(黒米中心の雑穀米)の大盛無料だ。
次に辛さを選ぶ。「UGAYA」の辛さは13種類。奥さん・朋子さんのように辛さに弱い人のための「甘口」や娘の栞名(かんな)ちゃんも食べられる「子供用」もあり、マスターの愛情が伝わる。店のおススメは2~3辛。何でも辛けりゃ良いってものではないのだ!
最後にトッピングを選ぶ。玉ねぎのアチャール(インド風漬物)・人参とアーモンドのラぺなどの付け合わせは、4種盛り、6種盛りなどのセットが少量ずつで「味変」に便利だ。
途中で全部混ぜこんでしまうのも楽しい。ラーメン〇〇のように、何でも豪快なら良いってものではないのだ!
同僚の家庭科教諭・西條奈津さんは、僕よりも「UGAYA」にハマっている。彼女いわく、「どのカレーも、それぞれのコンセプトに合わせてスパイスを絞り込んでいる潔さがいいです。豚バラカレーは八角を使っていて甘さを感じるし、野菜カレーも野菜ごとの味が活かされているし……。でも私は、カルダモンが効いているものが好きなので、チキンカレーが“ドストライク”です」と。
さすが家庭科!
おっしゃるとおりで、「UGAYA」には32種類のスパイスがあるが、一つのカレーに使用するスパイスは10種類以下に抑えているという。何でも多けりゃ良いってものではないのだ!
まずは、基本の「和だし」(昆布、椎茸、鯖節、宗田鰹、するめ等)を引く。そして、塩味の調整には「かえし」(そばつゆの元)を使う。インスタ映えする鮮やかなカレーの中にどこか懐かしさを感じるのは、これらの和食の技が常に重奏低音のように潜んでいるからなのだ。「スープストック」もフォンドボー・チキンブイヨン・中華風などカレーごとにつくり分けられている。
店の看板は「牛すじカレー」。黒毛和牛を使用し、プルンと柔らかく旨味が凝縮されている。この値段で出せるのは、町会の方に生産者の方を紹介していただいたからだという。
マスターは地元出身のため、「UGAYA」で使っている食材やお酒のほとんどは、友人や先輩や地元の方々の伝(つて)で集められている。人脈の広さも実力のうちだ。
「ドライキーマ」にも黒毛和牛ともち豚のあい挽きを使うという贅沢さ。「ドライ鯖キーマ」には和風の大葉や小葱がトッピングされる。
どうです、気になるでしょ?
「UGAYA」は僕の職場からは近くてありがたいのだが、どの駅からも離れている。カウンター6席、テーブル10席とこぢんまりした店だ。
僕が通い始めた頃はメディア未登場だった。「よし、一番乗りだ!」と取材時期を調整しているうちに、残念ながら『Hanako』や『ぴあ』に先を越されてしまった。中でも『カレーマニア』(2019年・枻出版)では、「新世代のカレー神7」に選出された。
快挙!素晴らしい!目出度い!(しかし、悔しい思いも残る神林先生なのであった)。
「食べる漢方薬」とも言われるカレーの効能を調べてみたところ、食欲増進・発汗作用(はこれ以上いらないとして)、抗酸化作用、疲労回復・、美肌効果のほか、胃腸の働きを高める、脂肪の代謝の促進、アルコールの代謝を促す、アルツハイマーの予防(?)と、まさに今の自分にピッタリの料理だと判明した。このシリーズのための下調べで食べ歩き、すっかり太ってしまったので(責任転嫁だ!)、せっせと「UGAYA」に通ってダイエットに励みたいと思う今日この頃だ。
「UGAYA」のカレーからはマスター宇賀村さんの人生が伝わってくる。
あなたもきっと、美味しく、健康的で、オシャレな「デザイナーズカレー」の虜(とりこ)になりますよ。
文:神林桂一 写真:大沼ショージ/萬田康文