手づくりケーキを付けられる魅惑のランチが登場!東京都立浅草高校夜間部(正しくは、昼から夜の授業を担当する三部制B勤務)国語教師、神林桂一さんによる浅草エリアのランチ案内です。足を運んで、食べて選んだ自作ミニコミ「浅草ランチ・ベスト100」の「喫茶・カフェ」部門より、パティシエが営むカフェを紹介します。
2011年3月11日、「東日本大震災」の日、あなたはどこで何をされていただろうか。
僕は、前任校の都立一橋(ひとつばし)高校にいた。生徒に被害はなかったが、災害時、公務員は帰宅できず、避難民のお世話に当たることになる。
学校前を靖国通り(隅田川を越えれば京葉道路)が通っているため、早々と駅を閉鎖したJR秋葉原や神田の帰宅困難者が大量に押し寄せ、眠れない一夜だった。
しかし、被災地の方々の大変さを思うと言葉もない。
震災直後には物理的にも精神的にも、まだ被災地を訪れることはできなかったが、2013年になって、僕は初めて宮城県気仙沼、岩手県大船渡を訪れた。
復興屋台村で飲み歩くことも小さな小さな復興支援になるのではないかと思ったのだ。
大船渡では、1階ががらんどうのままの商店街、建物の基礎のコンクリートやタイル部分しか残っていない住宅街を目にしショックを受けた。ことに「第18共徳丸」には目を疑った。全長60m・330tの漁船が約800mも内陸まで流されてきていたからだ。
次の日、JR大船渡線は流されていたので、バスで大船渡に向かった。
その途中で見た陸前高田の光景も忘れられない。
高さ17mの津波が押し寄せ、7万本の松原が流された中、生き残った「奇跡の一本松」。近くのユースホステルとこの松以外は広大な更地となっており唖然とした。
また、大船渡では「さいとう製菓」(銘菓「かもめの玉子」で有名)の本社が2階の屋上まで波に飲まれて廃墟となっていた。
2015年にはJR仙石線が全線復旧したので宮城県石巻に行った。
途中、海側がずーっと新しい堤防でブロックされ海が見えないことに複雑な思いを抱いた。道中、陸前小野の仮設住宅も訪れ、復興の願いを込めて主婦たちによってつくられたサルがモチーフの靴下人形「おのくん」を買い求めたりもした。
石巻も中心市街地が甚大な被害を受けたが、旧北上川の中洲にある石ノ森萬画館の円盤状の建物は津波に耐え、再オープンして町の復興のシンボルとなっていた(石巻は1995年から宮城県出身の石ノ森章太郎のマンガを使った町おこしをすすめてきた)。
今では気仙沼の漁船は撤去され、「奇跡の一本松」も枯死して人工的な保存作業が施された。大船渡の「さいとう製菓 本社」も解体され、気仙沼、大船渡の復興屋台村も閉村した。
しかし復興事業は、まだまだ終わったわけではない。
今日紹介する「K’s cafe」は、気仙沼からやって来たパティシエ・金野敬(こんのけい)さんの店だ。「東日本大震災」の日、金野さんは仙台の飲食店で働いていた。その店が被災し、気仙沼に帰った金野さんを待っていたのは、故郷の悲惨な現状だった。
実家は高台で助かったのだが、金野さんはいてもたってもいられない思いからボランティア活動に参加する。ボランティアで食事やお菓子をつくっていた時に、「人間はどんなに辛いときでも美味しいものを食べると笑顔になれる」ということを強く感じたという。
その活動の中で、今の奥さんと運命的な出会いをするのだ。
奥さんは東京の生まれだが、気仙沼に移り住んで働いていた。そして、住居も勤め先も被災してしまう。2人の出会いは大きな災厄の中での希少な希望であった。
その後、浅草に移り住んだ夫妻は、2013年7月「K’s cafe」をオープンする。
「K」は、金野さんのKであり、気仙沼のKであり、店の住所・雷門のKでもある。
被災地と浅草とを結び付けたいとの思いがそこにはあるのだ。開店当初は「昔ながらのナポリタン」を復興支援への感謝を込めて250円で販売していた。
「K’s cafe」は、7時30分開店。僕もモーニングを利用したり、タレントの小島よしおさんも大好物だというグリーンスムージーをいただいたりする。
ランチは讃岐うどん職人がつくるモチモチの生パスタ中心で、11時から18時まで利用できて大変お得だ。それは独自のトッピング方式による。
たとえば今イチオシの「ポルチーニの茸のクリーム生パスタ」1,000円を注文すると、ランチコーヒー200円(水出し)、ラタトゥイユ100円、温泉たまご100円などが付けられる。夏場の「ガスパチョ仕立ての冷製パスタ」も抜群だった。
特筆すべきは、単品だと750円する「本日のケーキ」(大きめです)が、何と350円で頂けるのだ(加えて、ラッキーな方には秘密の一品が付くことも……)。
やはり本職はパティシエなので、ケーキは秀逸。写真を見ただけでもヨダレが出るでしょ? また、フィナンシェ・シュトーレンなどの焼き菓子もお土産に喜ばれる。
店には「気仙沼ミサンガプロジェクト」の商品も置かれている。これは被災した地元市民によって立ち上げられた団体で、一般の復興支援と違って、材料費を除く利益全額がつくり手本人の収入になるというフェアトレード商品のような考え方から成り立っている。
つくり手は障がい者の方、またはその家族の方、シングルマザーの方、介護をされている方などいまだに定職に付くことが困難な被災者の方々だ。そんな方々を長期的に支援するため、ハンカチでつくった実用的なポチ袋やご祝儀袋も扱っている。
そして、商品には作った方の「被災体験」も添えられている。僕はキーホルダーに気仙沼ミサンガを付けており、今年の正月はこのポチ袋を活用した。通販でも購入できるので、ぜひどうぞ。
優しく控えめなマスター。一方、元気な奥さんは、復興支援活動・メニュー開発を共に行うほか、メニュー制作・webマガジンなどを担当してマスターを支えている。
また、店内には「令和元年台風第19号」の募金に協力していただいた方への「チャリティークッキー」0円も置かれている。
10席の小さな店だが、そこにはたくさんの愛情が詰まっている。故郷への愛情、被災者への愛情、家族への愛情、そして料理への愛情……。
日々の生活に疲れているあなた、ぜひ「K’sカフェ」に癒されに来てください(別に疲れていない方も歓迎ですが)。
そうそう、僕のために(?)ビールやワイン(サッカー選手イニエスタの農園産)もありますよ。
文:神林桂一 写真:大沼ショージ/神林桂一/萬田康文