山の音
待ち人の流儀。
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待ち人の流儀。

待ち合わせはルーズなものになった。着いたら連絡するね。なんてことは当たり前。ちょっと遅れます。先に始めてて。こうした流れに不自然さは微塵もない。待ち合わせているのに、パンクチュアルであることが求められないのは不思議なことだと思うけど、そういう時代なんだと納得するしかないのかな。巌流島の戦いがもしも現代だったら、違った結末を迎えたんだろうなぁ。

サミュエル・ベケットはゴドーを待ち、ローリング・ストーンズは友を待ち

あなたは待つ人ですか?待たせる人ですか?いや、そりゃ生きてりゃ両方ありますね。
いま、来年発表予定の自分の写真のプロジェクトを準備中で、ある人にその作品に関する文章をお願いしているのだが、原稿がこないのである。お願いしたときは快諾していただき、やった、うれしい!と思って、そしていまもそう思っているのだが、さすがに〆切はとっくに過ぎているのである。どうしよう?はい、もちろん、待ちます。

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しかし、待つことの流儀もいろいろあるな。メール。電話をかけまくる。家まで押し掛ける。親しい人に伝えてもらう。脅迫まがい。泣き落とし。いや、ドキドキするなあ、もう。
遅筆で有名な小説家や漫画家の方がいらっしゃいますが、担当編集者はほんとうに大変なんだろうな。待つことが日常になっているって。公共の電車を待ったりするのって、日本の場合、ほとんど定刻に来るのがわかっているわけで、それは待つというのとはホントはちょっと違うのかも。来るか来ないかわからない、来るとしてもいつ来るかわからない、そういうものを待つのが、待つことの醍醐味かも。
サミュエル・ベケットはゴドーを待ち、ローリング・ストーンズは友を待ち、演歌では去ってしまったあの人を待ち続ける。株価の上がるのを待つ。映画のロケで晴れを待つ。照明部も撮影部も俳優部も監督もみんなみんな待っている。ラジオのディスク・ジョッキーはリスナーからのリクエスト&お便り待ってます。ワインなんかの熟成を前提としたお酒を造る人もドキドキするな、きっと。来週とか、来月とかじゃなくて、年単位の熟成を待つ。催促の電話をしたら、あ、本当にいま出たとこなんで、と蕎麦の出前を待つ。

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みんなで踊って、抱き合って

遅刻の上手な人っていうのもいますよね。待たせるのが得意な人。遅刻の下手な人を待つのはなんだか怖い。いつも時間通りにやってくる人が来ないのはイヤなもんだ。遅刻の上手な人は、まあ、ひょっとして来ないかも、いやまあ来るんだけどね、そろそろ、でも寝坊しているよな、きっと、という雰囲気を遅刻していないときでも醸し出しているものである。頭の中に何人か顔が浮かんでくるな、Nさんとか、Aさんとか、Tさんとか。

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モノクロームのプリントを自分でやっていたときに暗室の中で現像液に浸した印画紙に画像が浮かび上がってくるのを待つのも好きだったな。昔のバライタ印画紙は銀の含有量が多かったので、適正露光よりもやや少なめの時間に露光して、メーカーが指示している1分半という規定の時間よりも、長めに、たとえば3分くらいの現像時間にして、ジワジワと黒が締まっていくのを待つのはなかなかに痺れる時間だった。
干魃の飢饉のときの雨乞い。そりゃ大変だ。雨が降ったときの喜びもたまらんかっただろうな。みんなで踊って、抱き合って。そっかぁ、クリスマスっていうのもみんなが待ちこがれた救世主がこの世に生まれたぜ!っていうのを喜んで祝う日でしたよね、そもそもは。

――クリスマスにつづく。

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文・写真:大森克己

待ち人の流儀。

大森 克己(写真家)

1963年、兵庫県神戸市生まれ。1994年『GOOD TRIPS,BAD TRIPS』で第3回写真新世紀優秀賞を受賞。近年は個展「sounds and things」(MEM/2014)、「when the memory leaves you」(MEM/2015)。「山の音」(テラススクエア/2018)を開催。東京都写真美術館「路上から世界を変えていく」(2013)、チューリッヒのMuseum Rietberg『GARDENS OF THE WORLD 』(2016)などのグループ展に参加。主な作品集に『サルサ・ガムテープ』(リトルモア)、『サナヨラ』(愛育社)、『すべては初めて起こる』(マッチアンドカンパニー)など。YUKI『まばたき』、サニーデイ・サービス『the CITY』などのジャケット写真や『BRUTUS』『SWITCH』などのエディトリアルでも多くの撮影を行っている。