この鰻を食べずして年は越せない。そんな鰻が四ツ木にあります。今年中に行っておきたい和食の最後を飾るのは「うなぎ 魚政」。今年の締めくくりに極上のうな重を食べに行ってはいかがでしょうか。
「ご希望の鰻を三つほど挙げてください」。予約の電話をすると、こう尋ねられるのがこの店のお約束だ。こちらの返事も決まっている。できれば坂東太郎の特上、なければ同じく上、それもなければ普通の特上。坂東太郎とは人の名前ではない。とあるブランド鰻の名称で、大変希少な鰻なのである。
さて、待望の日。運が良ければ、店の人が今日はありましたよと教えてくれる(なければ潔くその日の鰻と親しむ)。イケる口ならお銚子を一本。捌きたてのその骨を、さっと油で揚げた骨せんべいなぞポリポリしていると、40分はさほど長くない。よし、真打ち登場だ。
最初の一口は、何度食べても、え?と思う。なぜってこの鰻が、あまりにふわふわとろとろだからだ。ぐずりと身を持ち崩した軟弱な柔さではない。すくっとした輪郭があるふわとろ感。それが、口中でふわりとほどけて、米と渾然一体になる。胃の腑まで潤うようなコラーゲン質の脂は緻密で、どこまでも軽やかだ。気がつけば鰻重一人前、夢中でかっ込んでいる。
「坂東太郎は、生の鯵などを食べて、きれいな池で育つんです。天然鰻に限りなく近いので、本来なら弾力を生かして仕上げるんですが、ウチのせがれがギリギリまで蒸しを入れてみたところ、それがなかなかどうして」と主人の鈴木俊男さん。他の鰻ではこうはいかないという。あっぱれ!
文:渡辺菜々緒 撮影:大山裕平
※この記事の内容はdancyu2017年8月号に掲載したものです。