「銀座 小十」の献立から、和食の未来が見えてくる。
なぜ「銀座 小十」は土鍋ご飯を禁じ手としたのか?

なぜ「銀座 小十」は土鍋ご飯を禁じ手としたのか?

「銀座 小十」が進化を続けている。止まることなく、前へ前へと進む。店主の奥田透さんの想いは、和食の未来へと向かっている。たとえ店の看板メニューであっても、そこに頼ることを良しとせず、次なる一手を打つ。今、人気の土鍋ご飯から奔放な遊び心へ。

令和元年の「銀座 小十」。

奥田透さん
「銀座 小十」店主の奥田透さん。令和元年に知命を迎えた。まさに「五十にして天命を知る」。新しい一歩を踏み出した。

「銀座 小十」の代名詞ともいえる料理に“土鍋ご飯”がある。今でこそ、懐石料理のコースの最後に土鍋ご飯を供する店は当たり前になったが、最初にこの店の土鍋ご飯を見たときは度肝を抜かれた。その贅沢さ、オリジナリティが半端ないのである。
たとえば、このシリーズの1回目に紹介した華やかさな“ぶり牛蒡ご飯”の見てほしい。

蓋を開けた途端に目を奪われる、まんまるにくり抜かれた蕪と京人参の美しさ。炭火でこんがり照り焼きにしたぶりと、繊細なささがき牛蒡の芳しい香り。素材の組み合わせの妙、何よりも渾然一体となったそのおいしさに驚かされた。
ほかにも、とろりとべっ甲餡がかかった“さざえ 生雲丹ご飯”、目にも鮮やかな“白魚グリンピースご飯”、深い滋味の“かます 木の子ご飯”など、思い出すだけで口中に涎があふれてくる。

床の間
掛け軸、季節の花が飾られた、和室の床の間。

そうした季節の土鍋ご飯を愉しみにしていたお客がどれだけ多くいたことか。むろん、私もその一人である。2019年、奥田さんは人気が高いその土鍋ご飯をあえて禁じ手にした。いったい何故か。
「一番やっていたことを禁じ手にしないと、どうしてもそこに頼ってしまい、新しい一歩が踏み出せません。あえて土鍋ご飯を外すことによって、全体のイメージを変えることができたんです」
コースの終わりに出される食事は、料理全体の印象を決定づける。そこにこれまでとはまったく違うものを持ってくることで、献立が変化したことを強くアピールすることになる。それは新しく始めた一人仕様の小鍋仕立てが如実に物語っている。

小柱三つ葉ご飯
禁じ手とはいえ、春にはお客が楽しみにしている“小柱三つ葉ご飯”も登場。
期待に応え、いい意味で期待を裏切る。それが奥田さんの料理である。

変わることを恐れない。

牛ロース 筍 花山椒のすき焼き
小鍋仕立ての“牛ロース 筍 花山椒のすき焼き”。目の前に設えた、特注の銅製小鍋で煮て食べる。

4月の食事に持ってきた小鍋仕立ては“牛ロース 筍 花山椒のすき焼き”。特注の銅製の小鍋から自分で器に取り、白いご飯、汁椀と香の物で締める。また、7月は小さな“鰻蒲焼 柳川鍋”。こうした趣向が、ことのほか外国のお客にも受けているという。
「小鍋も長くはやらないかもしれません。鮑や毛蟹のしゃぶしゃぶもお客さまが飽きた時点でおしまい。その料理の価値がなくなります。今、求められるのは変化なんだと思います」と、奥田さんは屈託がない。

天然鰻の炙り
じっくり炭火で焼き上げる“天然鰻の炙り”。時代を超越する、変わらない料理。
鰻蒲焼 柳川鍋
7月の“鰻蒲焼 柳川鍋”。小ぶりな鍋で熱々が運ばれてくる。汁ごとご飯にかけて味わいたい。
鰻蒲焼き 柳川鍋
焼き上がったばかりの鰻の蒲焼をのせた“鰻丼”も登場。

ほかにも、4月は花見をイメージした“花見おにぎり”。5月は“穴子棒ずし”、
6月は“鰻丼”、8月は“鰹寿司"などが供され、「今月の食事は何だろう」という期待感が生まれた。土鍋ご飯でもたらされていた驚きが、小鍋仕立てや寿司、蕎麦などに変わることで、目新しさだけでなくいろいろ食べることができたという深い満足感をもたらすのだ。
「昭和と平成の時代と令和の時代の違いは、こうしていろいろなものを点で見せること」
奥田さんは、今、そう考えている。

花見おにぎり
金箔を貼り付けた艶やかな経木に盛られた、4月の“花見おにぎり”
穴子棒すし
すし飯も人気。5月の“穴子棒すし”

――つづく。次回は「ひと口で頬張る、おいしさについて」です。

店舗情報店舗情報

銀座 小十
  • 【住所】東京都中央区銀座5‐4‐8 カリオカビル4階
  • 【電話番号】03‐6215‐9544
  • 【営業時間】12:00~13:00(L.O.)、18:00~21:30(L.O.) 要予約
  • 【定休日】日曜、祝日 12月31日~1月6日 7日は夜の営業のみ
  • 【アクセス】東京メトロ「銀座駅」B6出口より3分。JR「有楽町駅」中央出口より10分
瀬川 慧

瀬川 慧 (ライター)

得意分野は料理、ワイン、食文化、旅、歴史など。単行本の企画、編集、執筆に『日本料理 銀座小十』(世界文化社)、『野﨑洋光の野菜料理帳』『里山に生きる「土樂」の食と暮らし』『懐石小室に教わる 一生ものの和のおかず』(家の光協会)、『和食神髄 小室光博』、『「すし」神髄 杉田孝明』(プレジデント社)などがある。

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