「銀座 小十」が進化を続けている。止まることなく、前へ前へと進む。店主の奥田透さんの想いは、和食の未来へと向かっている。たとえ店の看板メニューであっても、そこに頼ることを良しとせず、次なる一手を打つ。今、人気の土鍋ご飯から奔放な遊び心へ。
「銀座 小十」の代名詞ともいえる料理に“土鍋ご飯”がある。今でこそ、懐石料理のコースの最後に土鍋ご飯を供する店は当たり前になったが、最初にこの店の土鍋ご飯を見たときは度肝を抜かれた。その贅沢さ、オリジナリティが半端ないのである。
たとえば、このシリーズの1回目に紹介した華やかさな“ぶり牛蒡ご飯”の見てほしい。
蓋を開けた途端に目を奪われる、まんまるにくり抜かれた蕪と京人参の美しさ。炭火でこんがり照り焼きにしたぶりと、繊細なささがき牛蒡の芳しい香り。素材の組み合わせの妙、何よりも渾然一体となったそのおいしさに驚かされた。
ほかにも、とろりとべっ甲餡がかかった“さざえ 生雲丹ご飯”、目にも鮮やかな“白魚グリンピースご飯”、深い滋味の“かます 木の子ご飯”など、思い出すだけで口中に涎があふれてくる。
そうした季節の土鍋ご飯を愉しみにしていたお客がどれだけ多くいたことか。むろん、私もその一人である。2019年、奥田さんは人気が高いその土鍋ご飯をあえて禁じ手にした。いったい何故か。
「一番やっていたことを禁じ手にしないと、どうしてもそこに頼ってしまい、新しい一歩が踏み出せません。あえて土鍋ご飯を外すことによって、全体のイメージを変えることができたんです」
コースの終わりに出される食事は、料理全体の印象を決定づける。そこにこれまでとはまったく違うものを持ってくることで、献立が変化したことを強くアピールすることになる。それは新しく始めた一人仕様の小鍋仕立てが如実に物語っている。
4月の食事に持ってきた小鍋仕立ては“牛ロース 筍 花山椒のすき焼き”。特注の銅製の小鍋から自分で器に取り、白いご飯、汁椀と香の物で締める。また、7月は小さな“鰻蒲焼 柳川鍋”。こうした趣向が、ことのほか外国のお客にも受けているという。
「小鍋も長くはやらないかもしれません。鮑や毛蟹のしゃぶしゃぶもお客さまが飽きた時点でおしまい。その料理の価値がなくなります。今、求められるのは変化なんだと思います」と、奥田さんは屈託がない。
ほかにも、4月は花見をイメージした“花見おにぎり”。5月は“穴子棒ずし”、
6月は“鰻丼”、8月は“鰹寿司"などが供され、「今月の食事は何だろう」という期待感が生まれた。土鍋ご飯でもたらされていた驚きが、小鍋仕立てや寿司、蕎麦などに変わることで、目新しさだけでなくいろいろ食べることができたという深い満足感をもたらすのだ。
「昭和と平成の時代と令和の時代の違いは、こうしていろいろなものを点で見せること」
奥田さんは、今、そう考えている。
――つづく。次回は「ひと口で頬張る、おいしさについて」です。