「マルタイ焼肉センター」を切り盛りする栗原順子さん。広島東洋カープの4番打者だった栗原健太の母堂である。実にパワフル。実にユーモラス。実にフレンドリー。焼肉を食べにやって来たその日から、「お母さん」と呼びたくなる包容力を持っている。天童と、息子と、マルタイを愛する、実に魅力的な女性なのである。
「山形ってあの頃、誰もプロ野球選手いなくって。で、健太がよ、ドラフトにかかったのはいかったけど、プロになってからはハラハラだね。一軍に上がんのもたいへん。上がったら活躍しなくても駄目だしねぇー。店閉めてバンバン応援に行ってたからぁ、せっかく食べに来たのにまた閉まってるって言われてましたよ。私がいないと開けられないから」
定休日の昨日も、折しも、天童のお隣である山形市の「きらやかスタジアム」にて楽天とオリックス・バファローズとの試合があり、観に行ったという。残念ながら、0-2の負け試合。一軍の試合のため栗原は帯同しておらず会えず仕舞い、という残念な顛末ではあったそうだが、順子さんはあっけらかんとしていた。
「うちの焼肉はまんず大好きだから、しょっちゅう食べに来ますねぇ、健太は。食べます、食べます、焼肉はぁ~♪」
息子の焼肉愛を、歌うように語る。
そう、「マルタイ」で焼くお肉はおいしい。ロース、カルビ、ホルモン。煙が上がってもおかまいなし、焼けていくそばから、自家製のタレにとぷんと付けて、頬張る。
「私は、煙バンバン出たほうがいいので」と言う順子さん。そのほうが活気があっていいということ、と解釈したい。ともあれ、無煙ロースターとは無縁にやってきた「マルタイ」なのだった。
「マルタイ」は、順子さんの父の代に始まる。お肉を売るだけでなく、焼肉も食べさせるようになったのは、順子さんが十代後半の頃。「すぅ~ごい流行って、1年で元とったって言ってましたよ」と振り返る。父は馬喰で、情に厚い人だったという。そして、にんにくがとても好きだったそうだ。
「ひっぱりうどんのたれにも、にんにくだばあーっと入れて食べてたからぁ」という。ちなみに「ひっぱりうどん」とは、うどんをゆでてその鍋ごと食卓にのせ、各自そこから熱いうどんを箸で「ひっぱり」上げつつ、椀に入れたつけ汁に浸して食べるという、山形県の内陸部、つまりこのあたりの家庭料理。つけ汁はめんつゆをベースにして納豆や葱を入れるのがスタンダードらしい。そこに鯖の水煮缶を加えるようになったのは最近の傾向とのこと。
順子さんの父の嗜好がくっきり映し出されているのだなと思われるのが、お雑煮。「スタミナ気合汁」という名で「マルタイ」のメニューにもある。餅、油揚、ごぼう、カルビが入った醤油味。とろみのある甘じょっぱい汁はにんにくの匂いむんむんだ。
にんにくは、自家製のタレにもたっぷり使われる。タレのレシピは、順子さんの母が考案したもので、要となるのは、りんごだ。ここからそう遠くないところにあるりんご農家の冷蔵庫に、ボトルキープならぬりんごキープをしてもらっている。なので四季を通じて、地元のりんごを切らすことなく、安心してタレをつくれる。
材料は15種類。
「りんごをどっさり、醤油、味醂、にんにく、玉ねぎ、白ごま、赤唐辛子……あとはだいたいわかるでしょう?」
味噌は入れますか?
そう訊ねたのは、とろりとしているところからの連想だったが、残念、はずれ。
「入ってないのよぉ~」
言われてみれば、入れてしまうと、ここならではの透明感は出ないのかもしれない。
つくり方は、材料を全部合わせて、沸騰する手前で火を止めて、そのまま冷ます。母はここで網で漉したというけれど、順子さんはそれをしない。さらっとしすぎてしまう、という。
「どろっとした濃いのが好きなので」
たしかに、そのほうが肉にからみやすいように思える。
粗熱がとれたら、10日以上冷蔵庫にねかせて、完成。
「つくりたては醤油くさくておいしくない。ちょっと置かないと駄目ですね」
冷蔵庫を覗かせてもらうと、タレの入った一斗樽が幾つも鎮座していた。
――つづく。
文:木村衣有子 写真:阪本勇