北尾トロさんの青春18きっぷ旅。
松本→門司港、2日がかりの各駅停車旅が始まる。

松本→門司港、2日がかりの各駅停車旅が始まる。

母を訪ねて三千里には遠く及ばないけれど、長野の松本から福岡の門司港までを各駅停車の電車に乗って、実家メシを食べに行くことになったんです。「青春18きっぷ」を使ってね。計算すると、母の味を訪ねて二百四十里というところでしょうか。青春18きっぷというよりは、黄昏61きっぷ、はたまた感傷61きっぷ、なんですけどね。さて、2019年の夏、旅立ちます。

実家に帰って、ご馳走が食べたいわけじゃないんだ。

名店は数々ある。名シェフもたくさんいる。しかし、ときどき無性に食べたくなる味のNo.1は実家で食べるメシではないだろうか。子どもの頃から馴染んできた、なんてことない普通のおかずこそ最強だと僕は声を大にしたい。
言ってるだけじゃしょうがないか。季節は夏。夏といえば、青春18きっぷである。61歳だけど、気にしない。各駅停車でトコトコと実家に帰り、満を持して好物を食らうのだ。旅情を楽しみつつ、途中の駅では地元の名物に舌鼓を打つこともできるだろう。これこそ飛行機や新幹線では味わえない“時間の贅沢”というものだ。
よし、実行に移そう。

切符
そう言えば、最近、切符を買わなくなったね。ピッピッばかりだもん。

さっそく実家に電話をして、夕食に好物をリクエスト。
「あんた、久しぶりに帰ってくるのに、そんなのがいいんかね」と、母は拍子抜けしている。僕の実家は魚の旨い福岡県北九州市で、リクエストせずに帰省すると、母は息子にご馳走を振る舞おうとし、河豚や鯛を食卓に並べかねない。あぁ、電話してよかった。
ここまでは順調だった。
名古屋でカメラマンの中川カンゴローと待ち合わせる算段をつけ、時刻表を調べて驚いた。僕が暮らす長野県松本市から実家の福岡県の門司港までは鉄道での距離が940.8kmもある。6時27分に松本を出発すると、門司港にたどり着くのは日にちを跨いだ0時9分。17時間42分の各駅停車の旅である。乗り換えは10回。もっとも短い乗り換え時間は1分で、2分や3分も何度かある。18きっぷの旅という言葉から、のんびりムードを連想しがちだったが、少しでもどこかで遅れが生じた場合、その日のうちにはたどり着かないことがわかったのだ。時間の贅沢どころか、時間に追われる旅になってしまうではないか。これはどこかで一泊するしかないな。泊まるとしたら、どこがベストなのか?
到着を夕食時に合わせることを優先すると、宿泊地は岡山県か広島県のどこかが良さそうだ。どうせなら、これまで縁のなかった町に泊まり、地元の名物も食べてみたい……。
路線図とにらめっこしながら、名物料理と手頃な宿を探していたら、あっという間に3時間が経っていた。

7時42分ちょうどの普通列車で旅立ちます。

おにぎり1個とコーヒー
1食目。おにぎり1個とコーヒーを持って、旅が始まります。

18きっぷで里帰りのスタートは、7月26日。おにぎりとお茶を買って松本発7時42分発の中津川行きの電車に乗った。平日の朝だけに中高生の姿が多いが、彼らが降りると車内は空き、木曽路に入ると観光客のグループが中心になった。近くに関西から来たと思しきおばちゃんグループがいて賑やかだ。松本~名古屋間は「特急しなの」にしか乗ったことがなかったが、各駅停車でのんびり移動すると一気に風情が増す。
うつらうつらするうちに、2時間32分が経っていて、終点の中津川着。10時20分発の中央本線快速に乗り換え、約1時間半で名古屋に到着した。東京からやって来るカメラマンの中川カンゴローと喫茶店で合流すべく、いったん改札を出る。ここから先は乗り換えが続いて、結局、思うように休憩時間が取れないのである。

中津川駅
野外フェスの先駆け、中津川フォークシャンボリーの地ですよ。ウッドストックより早かったんですよね。

――明日につづくのだった。

文・写真:北尾トロ

北尾 トロ

北尾 トロ (ライター)

1958年、福岡で生まれる。 小学生の頃は父の仕事の都合で九州各地を転々、中学で兵庫、高校2年から東京在住、2012年より長野県松本市在住。5年かかって大学を卒業後、フリーター、編集プロダクションのアルバイトを経て、26歳でフリーライターとなる。30歳を前に北尾トロのペンネームで原稿を書き始め『別冊宝島』『裏モノの本』などに執筆し始める。40代後半からは、日本にも「本の町」をつくりたいと考え始め、2008年5月に仲間とともに長野県伊那市高遠町に「本の家」を開店する。 2010年9月にノンフィクション専門誌『季刊レポ』を創刊。編集発行人を務めた。近著に『夕陽に赤い町中華』(集英社)、『晴れた日は鴨を撃ちに 猟師になりたい!3』(信濃毎日新聞社)がある。