焼酎の教室
奄美の小さな蔵が生んだ奇跡。富田酒造場の黒糖焼酎『龍宮』はなぜ、これほどまでに愛されるのか?/「dancyu焼酎クロニクル@五臓六腑」

奄美の小さな蔵が生んだ奇跡。富田酒造場の黒糖焼酎『龍宮』はなぜ、これほどまでに愛されるのか?/「dancyu焼酎クロニクル@五臓六腑」

不定期開催の焼酎イベント「焼酎の教室」。応募詳細はLINEオープンチャットにて!

昨年の秋に開催された「焼酎の教室」第3回は、dancyuの焼酎史を語る上で欠かせない焼酎酒場、三軒茶屋の『五臓六腑』の高橋研さん&情(じぇい)さん親子が登壇。プレミアム焼酎が牽引した“第3次焼酎ブーム”から現在に至るまで、エポックメイキングとなった思い入れの深い6本を語っていただきます。5本目は、奄美の黒糖焼酎を代表する富田酒造場の「龍宮」について。

「あの人はね、僕のなかでは神様なの」

dancyu
奄美大島・富田酒造場の3代目、現会長の富田恭弘さんへの取材は数知れず。焼酎に携わる誰もが尊敬するレジェンドである

「あの人はね、僕のなかでは神様なの」
研さんがそう話すのは、黒糖焼酎「龍宮」を造る、奄美大島・富田酒造場の3代目、現会長の富田恭弘さんのことだ。
酒は、つまるところ“人”なのだと、このシリーズの第一回に書いたが、研さんの言う通り、富田さんと接すると誰もがそれを強く感じると思う。古希が近い人生の先輩に対して失礼な表現かもしれないが、本当にチャーミングな人なのだ(ちなみに私のなかで富田さんは妖精です)。今回はそんなキャラクターに焦点をあてたお話。

研さん
タオルを巻きつつ、富田恭弘さんの話をする研さん

「すげえふざけてて、すげえ愛情深い。蔵へ行ったとき、空港まで送るよって、車に乗せてもらって。蔵から30秒のところに小さな信号があるんだけど、赤のときに話し始めるでしょ。それから1時間そこなの。信号が何回変わったかわかんない。でも、島の人たちのんびりしてるから、誰もブーッて鳴らさないで抜いていくだけなの。ずーっと話してるの。そんなおじさん」。いよいよ研さんもすげえ酔っ払ってきたぞ、呂律があやしい。

dancyu
2008年9月号のdancyuでは富田さんから黒糖焼酎に合う料理を教えてもらった

富田酒造場があるのは、島の中心地である奄美市(元々は名瀬市だったが、現在は合併して奄美市)。飲み屋が連なる屋仁川通りの目と鼻の先に建つが、蔵の規模としては島でいちばん小さく、現在は長男の真行さんが4代目兼杜氏となり、ファミリーで焼酎造りに励んでいる。dancyuでもこの20数年で何度、この蔵と焼酎を紹介してきただろう。酒だけじゃない。玄人はだしの料理上手でもある富田さんにレシピを教わる企画もあった。焼酎の会などで富田さんが東京へ来ると、「五臓六腑」をはじめいくつかの居酒屋では、富田さん自ら腕を振るう宴が開かれるし、ふだんからメニューに富田流の油そうめんや鶏飯を並べる店もある。

研さん

「焼酎に使う黒糖をね、国産と輸入の3種類、味見させてくれて。これおいしいね、こっちは少ししょっぱいかな、なんて言いながら、3つめを食べたときに、これ駄菓子の味だね、と言ったら、富田さんが『シーッ』って。『黒糖が聴いてるから研さんやめて。黒糖が拗ねちゃうから』って言うの。甕からもろみを味見するときにはさ、俺、料理人だから中指1本でピッとやるんだけど、『だめ、こうやって3本の指で味見して』って言われて。なんで3本なんだろ?と思いながら、帰りになんとなく島のノロ神様の本を買って飛行機の中で読んだら、3本指で占ってるんだよ。これかー!って痺れちゃって。きっと、もろみは神様だから、神様には3本指で、って思ったんだね」

ノロ神様とは奄美版シャーマン、霊媒師の女性のこと。島ではいまも折々にノロ神様に占ってもらう文化が残り、人々の心のよりどころになっているのだ。富田さんは、島と黒糖焼酎がたどってきた歴史を文献なども遡って調べ、まとめることをライフワークにしている。また、とてつもなく繊細で感受性豊かな人だからこそ、そうした言葉が出てくるのだろう。そういえば、スコッチウイスキーの蒸留所を見にアイラ島へ行った富田さんが、「ホテルの蛇口から出る水もピート(泥炭)を通った茶色い水だったの。ピートのシャワーを浴びちゃった!」と、目をキラキラさせながらシャワーから吹き出すお湯の写真(色まで見えない)を見せてくれたこともあった。そんなおじさんである。閑話休題。
「でさ、明日は朝から蒸留するから見にきてね、って言われたけど、寝坊しちゃって行けなくて。そしたら『なんで来てくれなかったのよ』って、黒糖じゃなくて富田さんが拗ねてんの。やっぱ富田さんは人柄だよなあ」。いや研さん、それは寝坊が悪いです。
こうしてみんなに愛される富田さんは、かなりの自由人である。学生時代はカクテル研究会に所属していたと聞いたことがあるが、20年前にはすでに、焼酎の会で「龍宮」にフレッシュミントとクラッシュアイスを入れてソーダを注ぎ、黒糖焼酎モヒートを提案していた。当時は会のお客さんからも「え、モヒート?焼酎飲みに来たんだけど」と怪訝な顔をされ、他の蔵元たちも、富田さんまたやってるよ……と苦笑い。それがいまは、焼酎をソーダで割り、カクテルベースにすることも当たり前なのだからおもしろい。
富田さんがたっぷり愛情を注ぎ、全国区の人気となった「龍宮」。4代目の真行さんはいま、「龍宮」をはじめとする定番銘柄を、守るべきところは守りながら自分なりにチューニングし、同世代の仲間たちと造るレモンサワーのベースや、奄美産のコーヒー豆を使ったリキュールなども手がけている。

研さんと情さん
研さんと情さん(右)。富田さんの話はずっと笑いが絶えなかった

焼酎人気の絶頂期を支えてきた富田さんと、それを引き継ぎながら焼酎の未来を模索する真行さんの関係は、なんだか研さんと情さん親子とも重なって見えるのだ。愛されキャラの父たちが創り上げたものはとても大きく、そこへ自分の世界を積み上げていくのは、きっと想像以上に大変なことだ。往時を知る私たちはつい、昔といまを比べてああだこうだと語りがちだけれど、偉大なる先輩をリスペクトしながら、これからの世代にもエールを贈れる人でありたい。

酔っ払い研さんの話にピーッと教育的指導が入ったので(参加のみなさんは楽しめたかと)、勝手ながら私の知るエピソードを付け足しました。

次は最終回。情さんが語る、いま再びの「八幡」の話。

店舗情報店舗情報

てっぽうや 五臓六腑
  • 【住所】東京都世田谷区太子堂2‐23‐2 ラフィン2 2F
  • 【電話番号】050‐5488‐8320
  • 【営業時間】17:00~翌2:00 ※祝日は〜24:00
  • 【定休日】日曜※月曜日が祝日の場合のみ日曜日営業。翌週の月曜日が振替休日
  • 【アクセス】東急田園都市線、東急世田谷線「三軒茶屋駅」より3分

文:鹿野真砂美 撮影:伊藤徹也 構成:林律子

鹿野 真砂美

鹿野 真砂美 (ライター)

1969年東京下町生まれ。酒と食を中心に執筆するフリーライター。かつて「dancyu」本誌の編集部にも6年ほど在籍。現在は雑誌のほか、シェフや料理研究家のレシピ本の編集、執筆に携わる。料理は食べることと同じくらい、つくるのも好き。江戸前の海苔漁師だった祖父と料理上手な祖母、小料理屋を営んでいた両親のもと大きく育てられ、今は肉シェフと呼ばれるオットに肥育されながら、まだまだすくすく成長中。

  • dancyu
  • 参加する
  • 焼酎の教室
  • 奄美の小さな蔵が生んだ奇跡。富田酒造場の黒糖焼酎『龍宮』はなぜ、これほどまでに愛されるのか?/「dancyu焼酎クロニクル@五臓六腑」