
創業大正13年、食肉市場の仲卸が銀座で営む牛肉料理専門店。目利きが一頭買いで仕入れた黒毛和牛の雌肉を、dancyu祭の会場内で鉄板すき焼きにして提供します。肉の焼ける香ばしい香りにつられること必至!
場所は銀座1丁目。昭和通りから1本奥の、かつて木挽町と呼ばれた界隈に肉の聖地がある。建物の1階は牛肉専門の精肉店、その上の2階はすき焼きやしゃぶしゃぶなどを楽しめる肉処、そして3階はコースのみの肉割烹。3フロアまるごと肉尽くしなのが、大正13(1924)年創業の老舗「銀座吉澤」だ。
この店が扱うのは松阪牛や近江牛をはじめとする黒毛和牛、しかも希少な雌牛のみ。その理由は、雄牛に比べて脂の融点が低いことにある。人肌でも溶ける脂は口当たりがよく香りが立ち、とろける食感と濃厚な味わいを堪能できるという。
その雌牛の仕入れを担うのが母体である「吉澤畜産」だ。同社は日本一の和牛の市場といわれる「東京食肉市場」の仲卸。肉の目利きが肉質、脂質、血統、飼育法まで吟味して買い付けた枝肉は市場内の店舗でじっくり熟成させた後、食べ頃を見極めて銀座の店に届けられる。ここでもまた追熟をさせて旨味がピークの状態で提供するのだから贅沢この上ない。
昨年、100周年を迎えたのを機に、銀座3丁目から創業の地である1丁目へと移転。リニューアルした店舗では店の伝統を守りつつ、時代に合わせた新たな展開にも着手している。例えば、2階の肉処では長年の看板メニューであるすき焼き、しゃぶしゃぶ、ステーキに加えて焼肉とせいろ蒸しがスタート。特に焼肉は一般の焼肉店と違いホルモンは置かず、リブロースやミスジといった正肉だけで勝負する。まさに和牛専門店の矜持だろう。
一方、3階の肉割烹ではフレンチで腕を振るってきた椎名豊太郎さんをエグゼクティブシェフに迎え、和牛の創作料理をコースで提供。和牛と野菜からつくるコンソメスープやハーブ肉巻きなど、和と洋を織り交ぜた変幻自在の料理から新境地が切り拓かれている。
創業者の吉澤一一(かずいち)さんは松阪牛を世に広めた功労者の一人。和牛に注いできたその情熱は、二代目、そして三代目へと受け継がれている。
「銀座吉澤」といえば真っ先にすき焼きを思い浮かべる人も多いだろう。精肉店として創業した後、「和牛のおいしさを広めたい」と飲食部門を立ち上げたのは戦後間もない1951年。以来、和の空間で味わう「すき焼き割烹」はこの店の代名詞となり、銀座に集う人たちに愛されてきた。
祭では老舗伝統のそのすき焼きが登場する。ただし、ブースに用意されるのは鉄鍋ではなく大きな鉄板。その上ですき焼きをつくり、出来立てを楽しんでもらおうという趣向だ。
焼くのはもちろん、雌の黒毛和牛。薄切りの切り落とし肉にはカタ、バラ、モモなどさまざまな部位が入り、赤身の旨味、脂身の甘味、しなやかな噛みごたえなど個々の持ち味が発揮される。
その肉にからめるのは、店のすき焼きにも使われる特製の割下だ。キリッと甘口に仕立てられ、濃厚な和牛の味をアグレッシブに引き立てる。
さらに今回は、すき焼きにつきものの卵も祭スタイルにアレンジ。仕上げにとろりと纏わせるオリジナルの黄身ダレがそれだ。聞けば、黄身ダレは焼肉コースに添えられる3種のタレの一つ。
「濃厚な平飼い卵の黄身に割下を加え、湯煎にかけながら混ぜてふわふわに仕上げるがポイントです。割下の甘辛さがマイルドになり、コクも一層アップしますよ」
と話すのは、このタレを考案した椎名さん。黄身のまろやかさとふんわりクリーミーな舌触りが合いの手になり、食べ始めたらノンストップ。ビール、日本酒、赤ワイン、焼酎のソーダ割りなど酒も呼びまくりだ。
鉄板から立ち上る和牛の脂と醤油が焼けるにおいも胃袋をダイレクトに刺激。会場に広がるおいしい香りで、祭の熱気はさらにヒートアップしそうだ。
文:上島寿子 撮影:澤木央子