
食いしん坊倶楽部メンバーで医師の平松玄太郎さんが、食いしん坊ゆえに気をつけたい健康について指南してくれるこの連載。今回はいざというときのために知っておきたい「救急搬送」について語っていただきます。
今回はグルメとは少し離れますが、救急搬送に関して述べさせていただきます。直接関連はないですが、健康でおいしいものを食べる生活を続けるためにも、知っておいて損はない知識です。
ニュース等でお聞きになったことがある方も多いかと思いますが、総務省のデータではわが国における近年の救急搬送件数は2020年時のみ減少した以外は、ほぼ増加の一途をたどっています。同年に減少に転じた理由はcovid-19関連感染(いわゆるコロナ)の流行を契機に政府が「Stay home」のスローガンを掲げたことで、外出自粛の行動変容が生じたことが原因とされています。つまりは外出を控えれば感染症にかかるリスクが減るだけではなく、けがをする可能性も減るということです。
しかし世界で最も高齢化率(65歳以上人口の割合)が高いわが国では、搬送の需要が増えるのは当然のことであり、救急要請1件当たりの到着時間も年々遅くなっています。covid-19関連感染のピーク時よりはややマシにはなりましたが、最新の令和6年のデータでは119番通報してから現場に救急車が到着する全国平均時間が9.8分、119番通報してから病院に収容される全国平均時間が44.6分となっております。“意外にかかるなぁ”というのが皆さんの感想ではないでしょうか。高齢化以外にも理由はあるので、後ほど説明したいと思います。
さて、わが国における救急医療の歴史からつまびらかにしたいと思います。
警察庁が公開しているデータを見ると、昭和30年から45年頃にかけて交通事故死者数が爆発的に増大しています。理由は自動車交通が急成長する一方で交通整備が不十分で歩行者(特に子ども)の死亡者数が急増したからです。この頃の映像を見ていただくと、ノーヘルのバイクは当たり前、小さな子どもたちは車の間隙を縫って走り回っており、非常に歴史を感じます。この時期の交通事故死者数のピークが日清戦争での戦死者の数を上回るほどになったことから「交通戦争」と呼ばれるようになりました。
こうした時代を経て、救急告示制度が整備されたり、大阪大学に特殊救急部が設置され、のちの全国救命救急センターのモデルになったのを皮切りに、交通事故死者数は一気に減少に転じます。しかし昭和55年から平成5年頃にかけて再び交通事故死者数が漸増しました。理由は自動車交通の高速化の一方で法整備が不十分で、乗用車乗員(特に若者)の死亡者が増加したからです。こちらは「第二次交通戦争」と呼ばれていました。

この事態を受け、米国で展開されていた外傷診療モデルを日本に輸入し、主に医師や救急隊員に向けて教育を推進してきたことで、現在では交通事故死者数は年々減少しています。都道府県別にみると、平成の後半において一時期毎年のように愛知県が最多数を記録したことから“名古屋走り”という名のもとワイドショーなどで批判が展開されました。中には地元住民が「名古屋におったら、帰るまで命があるかわからん」と答える様子まで放送されていたのを目にしたことがありますが、元々「世界に誇るトヨタ自動車」のお膝元である愛知県は車両保有台数がトップクラスに多く、当然ながら事故件数が他県よりも増えてしまうのが必然です。しかし県民数で割った人口当たりの交通事故死者数は全国平均を下回っていました。愛知県警はドライバーの星座別に交通事故の特徴を公開するなどして交通事故死者数の減少に躍起になっていましたが、それが功を奏したかどうかは別として、今日では先述のような揶揄は見られなくなりました。
交通事故死をさらに減らすためには、当たり前の話ですが一次予防が重要になります。具体的にいうと「シートベルト」や「チャイルドシート」の着用です。
シートベルトを装着しないと交通事故における致死率は約15倍に増えます。少し古いデータですが、WHOが2011年に世界各国のシートベルト着用率を公表したことがあります。ドライバーの着用率は日本が99.2%と世界1位で、助手席を含めたフロントシートというくくりでも97.0%と世界3位でした。しかし後部座席に関しては63.7%と世界20位でした。この頃はすでに一般道・高速道問わずすべての座席にシートベルトの着用が義務づけられていたので決してほめられた数値ではありません。
一方チャイルドシートは装着しないと致死率は約5倍に増えます。よく子どもが駄々をこねてチャイルドシートに座らない場合がありますが、その状態で事故に遭い、子どもが車外に放出された事案を何例か経験したことがあります。こういうケースでは子どもの体にかなりの高エネルギーが加わっているため、救命は困難を極めます。
次回は「救急車を呼んでもいい基準」についてお話しします。
埼玉医科大学卒業、同大学総合医療センター 高度救命救急センター所属、同センターにて災害医長を担当。救急・集中治療専門医としてER・ICU・災害医療を生業とする傍ら、訪問診療・産業医・レースドクターなどにも従事。
編集:出口雅美(maegamiroom) 文:久保木 薫 写真:Shutterstock