
青森県は、大きく分けると「津軽地方」と「南部地方」からなる。南部地方出身のdancyu食いしん坊倶楽部メンバーのまつみーさんのソウルフードは、“かっけ”と呼ばれる独特の食材を楽しむあったか〜い鍋。ローカル中のローカルメニューだが、都内でも食べられる店があるという。

青森県南部地方に実家があるという、食いしん坊倶楽部メンバーのまつみーさん(神奈川県在住)は、まず故郷の寒さについて話す。
「厳しいときは、日中の最高気温が-3℃、最低は-8℃前後。近くの銭湯に夜に出かけて生乾きの髪で2、3分も歩くと髪の毛が凍ります。室内でも飲みかけのお茶をそのままにしていると、朝方にはお湯呑みの中で凍ってしまうんですよ。夜中は、家族それぞれが布団に湯たんぽで寝ていました」
奥羽山脈の東側に位置する八戸市、にんにくで有名な田子(たっこ)町などが「南部地方」と呼ばれ、方言や食べ物は奥羽山脈の西側である津軽地方や、下北半島周辺の下北地方とは異なるという。
この季節、まつみーさんが子供の頃から母親にせがんだ南部地方のソウルフードが「かっけ」。そばや麦を厚さ3mmほどに平たく四角に伸ばしたもので、スーパーで市販されている。縦横約13cm大、約15枚入りで200円ほど。鍋に入れる際に食べやすいように三角形に切り、「そばかっけ」「むぎかっけ」と呼ばれる。

「うちでは昆布で出汁をとった鍋に豆腐やねぎ、薄く切った大根などを少し煮込んでから、『そばかっけ』と『むぎかっけ』の両方を入れていました。まず湯気から鼻をくすぐる出汁の香りが、体が温まる予感を連れてきます。豆腐や野菜を少し煮込んでから、“かっけ”を鍋に入れ、浮いてくるまで茹でてから食べると、モチッとした食感の後に、そばと麦の香りがそれぞれふわっと口内に広がるんですよ。“かっけ”の『てゅるん』っていう食感もクセになります」
まつみーさんはニンマリ顔でそう話す。
“かっけ”に欠かせないのが、南部地方の特産品である田子のにんにく。他府県産と比べると大ぶりなにんにくを、すり下ろして混ぜ込んだ少し甘い味噌を、かっけに適量をのせ、野菜と一緒に頬張ると冷え切った体がしだいにポカポカしてくるという。
「『にんにく味噌』を“かっけ”にちょんと付けた瞬間の、あの照りと香りだけで最初の一口めを急かされる感じです。口に入れると味噌の甘味とコクのマリアージュで、次の1枚がすぐにほしくなります。お鍋から立ち上る湯気と、にんにく味噌の香りが、冬の家(うち)の匂いなんですよ」(まつみーさん)
かつての南部地方は、梅雨から盛夏期にかけて奥羽山脈から吹き下ろす冷たい風「やませ」のせいで米がなかなか育たず、代替穀物としてそばや麦を育てて食べる粉もの文化が根づいたと、まつみーさんは話す。当初は、そばを裁断する際に出る端材(欠け)を鍋に入れて食べたのが「かっけ」の始まりとか、南部訛りの「かぁけぇ(さぁ食べて)」説など、名前の由来は諸説あるらしい。

彼女のソウルフードはあくまでも家庭料理で、近隣の飲食店で“かっけ”を提供している店はなかったという。そこで、都内の青森県のアンテナショップに問い合わせると「生食で日持ちしない」という理由で、“かっけ”は扱っていなかった。あきらめかけたが、まつみーさんからJR有楽町駅と新橋駅の間にある高架下の商業施設「日比谷OKUROJI」にある、八戸圏域の特産品を扱う「8base(エイト・ベース)」で食べられると連絡が入った。
同店では、長い一辺が約13cm大の二等辺三角形の「そばかっけ」と「麦かっけ」が3枚ずつ、細く刻んだ玉ねぎ、ネギ、ワカメ、にんにく味噌とねぎ味噌が付いて1人前1,080円(税込)。南部地方でも隣接する岩手県に近い地域では、ねぎ味噌が好まれているらしい。
食べてみるとまつみーさんが熱く語っていたように“かっけ”の「てゅるん」感と、野菜のしゃきしゃき感とのバランスがいい。そばやうどんを「すする」というより、幅が広くて平べったいそば、あるいは、幅が広いきしめんを「しっかりと噛んで飲み込む」感じだ。
8baseでは、“かっけ”のレストランでの提供は通年で行っている。物販は寒くなる10月から3月までの5ヶ月間限定。そば、麦と“かっけ”それぞれ20枚入り200gで290円(税込)。日持ちがしない生麺のために少量ずつ仕入れていて、品切れの場合もあるという。
「青森でも南部地方限定のもので、あくまでも家庭料理なので、全国でも当店以外ではおそらく食べられないはずです。そのため冬場はレストランでも人気ですし、通年で見ても一定数が安定して売れていきます」(同店)
まつみーさんと立ち上る湯気に包まれながら食べていると、体がじんわりと温まってきた。南部地方の極寒の冬、“かっけ”が地元の人たちに愛される理由がじゅうぶんに体感できた。

文・写真:荒川 龍、写真:まつみーさん