焼酎文化優勢の九州にあって、古くから日本酒造りが盛んな、佐賀県。江戸元禄創業の老舗蔵から令和に誕生した注目の復活蔵まで、県内には新旧24の酒蔵がある。その多彩な味わいの魅力をより多くの人に広く発信する人材を育成するべく、佐賀県では令和6年度から日本酒のスペシャリストを講師に迎えて「佐賀酒学」を開講した。
第1弾と第2弾の講座が1月18日(土)・19日(日)に、第3弾が2月3日(月)・4日(火)に、それぞれ佐賀市内の会場で開催された「佐賀酒学」。受講者は、県内および近郊の飲食店や酒販店の料飲関係者が中心。飲み手と最も距離が近い日本酒と食のプロが、料理とのペアリングや飲み比べの実践を通して佐賀酒への理解を深め、新しい楽しみ方の提案につなげていくことを目的とした体験型セミナーだ。
記念すべき第1回目の講師は、ペアリングを語らせたら右に出る者なしの日本酒界のミューズ、千葉麻里絵さん。第1弾は自身の知見と経験から編み出されたフードペアリングの理論と実践、第2弾は日本酒とお茶とスイーツを掛け合わせる新ジャンルのペアリングをテーマに、県庁地階の会場「SAGA CHIKA」に詰めかけた総勢100名近くの参加者に熱のこもった講義を展開した。
千葉麻里絵さんが佐賀酒のイベントに登壇するのは、昨年3月に開催されて大反響を呼んだ「SAGA SAKE SEMINAR」以来、2回目となる。今回の佐賀酒学では、座学に加えてテイスティングタイムをたっぷり用意。佐賀の食材とのペアリング体験も盛り込み、理論と実践を兼ねたプログラムにバージョンアップされている。
第1弾の講義では、会場のテーブルにタイプ違いの佐賀酒7種のグラスがずらりと並び、フードペアリング用にフレッシュハーブ、レモン、調味料(醤油2種、オリーブオイル、海苔酢、ヨーグルト)を添えたカンパチの刺身、続けてスパイスやフルーツ入りのソース4種をまとった豚の角煮も登場。麻里絵流ペアリングの基調をなすものとして、しばしば語られる「口内調味」というキーワードを象徴する風景だ。
「せっかく日本酒で料理を合わせるなら、日本人ならではの文化的背景、遺伝要素、経験値を大切にした合わせ方を考えたい」と千葉さん。これまで、ジャンルレスな料理とのペアリング体験を重ね、おいしさの本質を探る中で、注目したのが“食べ方”だったという。
「たとえば、フレンチなら料理を食べ、ナプキンで口を拭い、残り香の余韻でワインを飲み、という順序で味わいますが、日本人のDNAにあるのは、ごはん→おかず→お味噌汁を器用に行き来する絶妙な“三角食べ”。日本酒を飲む場合も、料理を食べて咀嚼しながらお酒を飲み、口の中で生まれる香りや味わいの変化を楽しむということを普通にやってきたはず。そんな口内調味を意識したアプローチでペアリングを試していくと、ただおいしいだけではない、未知の味覚が“起爆”することも。今日は、その驚きを皆さんにおすそ分けしたいと思います」
「日本酒の味わいの8割は“香り”」
そう話す千葉さんのナビゲートで料理に口をつけ、咀嚼しながらさらにお酒を合わせて飲み比べていくと、なるほど! 酒ごとに異なる果実香やフレーバーのバリエーション、酸と甘味のバランスがあり、食べるものの香りや風味に呼応して心地よい化学反応が生まれるのを実感できる。まさに口内調味がもたらす驚きだ。
わかりやすい一例として千葉さんがお薦めのペアリングに挙げたのは、魚の刺身と華やかな香りの「鍋島 純米大吟醸 愛山」、オリーブオイル、ミントの組み合わせ。
「香り成分のカプロン酸エチルは脂肪酸の一種なので、オイリーな香味との相性抜群。ペアリングで重要なのは、実は食材より調味料なんです」との解説に、深く納得。
さらには、
「フルーツ、ハーブ、スパイスは日本酒と料理の香りをつなぐ接着剤」
「ミカン科の山椒は、酸を足さずに柑橘の香りだけをまとわせるのに重宝」
「うすにごりや甘酸っぱいスパークリングは、ヨーグルトと抜群の相性」
「香りや風味の強度を揃えるのが肝。たとえば、複雑な香ばしさのある熟成酒にはパンチのあるパクチー、爽やかなうすにごりにはレモン、ミント、ディル」
などなど、麻里絵式ペアリングの奥義やチューニングのヒントが、次々と舌で検証され、魔法のように解き明かされていく。受講者にとっては、未知の扉を開く刺激的な3時間となったにちがいない。
第2弾のプログラムは、日本酒とお茶と和菓子をトリプルで掛け合わせる、千葉さんらしい攻めのペアリング体験塾。お酒はもちろんのこと、日本茶もスイーツもオール佐賀県産で統一。
「日本酒とお茶を混ぜるのではなく、水やお湯の代わりに日本酒に茶葉を入れて温めて抽出をかけるのが私オリジナルの“SAKE×TEA(サケティー)”方式。茶葉のタンニンの渋味は、日本酒の発酵では出せない味の要素なので、合わせてみたら面白いかなと思って店で始めたのが10年ほど前。今まで300種類以上のSAKE TEAをつくっていますが、今回初めて使う茶葉もあるので、どんな反応が返ってくるのか楽しみ! ドキドキします(笑)」と千葉さん。
ベースに選ばれた佐賀酒は、純米うすにごり(「東一」)、軽快な酸と甘味の無濾過生原酒(「光栄菊」)、16年熟成酒(「天吹」)の3種類。日本茶には、千葉さんが以前からSAKE TEAに使っている嬉野の茶園製の茶葉から水出しのフレーバー緑茶、紅焙じ茶、杉のチップで燻したスモーク茶の3タイプを選択。さらに、佐賀銘菓の焼き菓子、干し柿にバターを詰めた和洋折衷のスイーツ、いちご大福をピンポイントで合わせていく。
茶葉の抽出温度は、通常のお茶より低めの温度を設定。80~90℃まで上げるとお酒の香りも味も壊れてしまうため、日本酒の味わいの良さがしっかり残る適温を探りつつ、40~60℃台の燗につける。茶葉の種類によっては、香りを閉じ込めるために急冷をかけたり、浸出時間を短くして苦味を抑えたりの細やかなチューニングも。水出し緑茶であれば、日本酒にティーバックをぽんと入れてシェイクするだけの簡単さ。自宅でも気軽に試せるのがありがたい。
和菓子とのトライアングルで最強のインパクトを残したのが、熟成酒で抽出した杉スモーク茶といちご大福の組み合わせだ。
「いちご大福を食べた瞬間、スモーキーな香りを入れたくなった」と話す直感的なペアリング。受講者の一人として参加していた茶生産者の松尾俊一さんも、「杉スモーク茶は、もともと“鰹節を使わない鰹出汁”的なイメージでつくったお茶なのに(笑)、こんな斬新な合わせ方ができるとは!」と驚きを隠さない。
日本酒の味わいは、しばしば「料理に寄り添う」懐深さが美点として強調される傾向がある。あながち間違いではないのだが、これだけ佐賀酒のタイプも多様化している中で、脇役の立場ばかりに甘んじていては、せっかくのポテンシャルが泣こうというもの。時にはあっと驚く予想外の組み合わせを着想し、提案していくことで、新たな味覚の世界が開かれる。そんな気づきと学びに満ちた2日間となった。
佐賀酒学について
主催:佐賀県 流通・貿易課
文:堀越典子 写真:池田清太郎(第1弾)、石井小太郎(第2弾)