今年3月、北陸新幹線の終着駅が延伸し、東京駅~敦賀駅間の所要時間が約50分短縮する。敦賀や福井の地元の美味を食べ歩く旅には、利便性が高まる北陸新幹線、さらに旅を充実させてくれるグランクラスの利用がお薦めだ。
豊富な海産物を求めて食通が足を運ぶ、福井県。いままで東京駅からの直通列車はなく、関東圏の人にはやや遠い地というイメージがあったが、2024年3月16日、満を持して北陸新幹線の金沢駅~敦賀駅間が開業する。これによって東京駅~福井駅間は最速で2時間51分、東京駅~敦賀駅間は3時間8分に。近くなった福井県を満喫すべく、今回はまず敦賀駅を訪れ、そこから福井駅へと移動して、旨いものを堪能する旅に出た。
新たに北陸新幹線の終着駅となる、敦賀。福井県の中央に位置し、古くから大陸文化の玄関口として栄えてきた。港町として名を馳せるが、かつてそこは「屋台の街」でもあった。戦後、敦賀駅前はラーメンの屋台でにぎわい、高度成長期にトラック輸送が盛んになると中心地は国道8号線沿いへと移動。屋台が並ぶその様は「ラーメン街道」と呼ばれていたという。
その長い歴史を引き継ぐのがラーメン「一力」だ。1958年、場所を固定しない流しの屋台として開業し、77年に店舗化。今は2代目である菅井宏治さんがその味を受け継ぎ、代替わりして30年ほどの年月が流れた。
「父の築いた味を踏襲して、スープはとんこつと鶏ガラの両方を使っています。同じことをやっていたら、飽きられて店は潰れてしまう。見えない部分でマイナーチェンジを繰り返しているんです。それでもお客さんは『変わらない味』と言ってくれますね」(菅井さん)
「敦賀ラーメン」という一大ジャンルがあるわけではない。しかし、「敦賀のラーメンといえば一力」という認識は確固たるものになった。敦賀は日本海側で初めて鉄道が開通し、港町として栄えてきた交通の要所。一力に寄ったトラック運転手が味にうなり、その評判は同業者の口コミを介して全国に広がっていった。駐車場に止められた車のナンバーを確認すれば、今でも日本中から客が訪れることがわかる。
創業以来の定番である中華そばを食べてみた。見た目が濃厚な黄金色のスープは、口に運ぶと思いのほかあっさりとしている。店内に漂う街中華のような気さくな雰囲気。外の冷気を感じながらすする温かいラーメン。旅先なのに落ち着き、懐かしさを感じる空間がそこにはあった。
白い暖簾が静かに揺れている。
敦賀には「北陸道の総鎮守」と称される氣比神宮がある。その古社に近い商店街に店を構えるのが、創業152年を迎えた昆布の老舗・奥井海生堂だ。
海に面した敦賀は昆布の生産地ではないが、おぼろ昆布の一大産地である。江戸後期、敦賀港は北前船の主要な中継地で、北海道や東北の産物が運ばれていた。そのひとつが昆布で、やがて加工業が発達していった歴史がある。
おぼろ昆布は、醸造酢に漬けて下処理を施した昆布の表面を幅広に削ったものだ。機械化は難しく、今も敦賀に数十人いる職人が手すきで加工している。日本に流通するおぼろ昆布の80%が敦賀産。敦賀の住民はお吸い物に入れたり、おにぎりや刺身に巻いたりして日常的に味わっている。
おぼろ昆布の高級品が「太白おぼろ」。削っていくと現れる白い芯だけを集めた昆布で、中心にいくほど酢が弱くなるため独特な甘みがある。舌の上にのせるとほろほろとくずれ、上品な風味が口の中に広がっていった。
奥井海生堂ではもちろんだし昆布も扱っており、「蔵囲昆布」は最高級の昆布を1年以上寝かせて熟成させているという。普段は入れないというその蔵に特別に入らせてもらった。住宅地の一角にある広い蔵の狭い階段を上っていくと、今までかいだことのない濃厚な昆布の匂いが鼻をくすぐる。上がりきると、膨大な量の昆布が積み重なっていた。
「熟成に使うのは利尻と礼文産の天然ものだけ。蔵にいる微生物が発酵を促し、獲れ立てにはない6つの栄養分が生まれるんです」(奥井海生堂業務部部長・吉川朋伸さん)
昆布臭や磯臭さが抜けた昆布からは、旨味が深まっただしがとれる。その味には、古くから連綿と続く敦賀の時間が溶け込んでいるようでもある。
交通量が多い道の真ん中を路面電車がゆっくりと通り過ぎていった。福井駅から徒歩で10分ほどに位置する繁華街・片町。そこに気鋭の鮨屋「海月」はある。
店内に入ると、店主である郷北斗さんがその日の仕込みに集中していた。海苔を広げて、さまざまな具材を手際よく置いていく。甘辛く炊いた竹田の油揚げ、だし巻き卵、焼きあげた鰻、キュウリ、かんぴょう、しいたけ、大葉……。大胆に巻き簾で包み込むと、彩り豊かな太巻きが完成した。
「太巻きは福井の名産というわけではないですが……僕が大阪で修業した名残です」
静岡で生まれて大阪で修業し、交際相手が福井県生まれであったことから結婚を機に移住。自らを「ハイブリッド」と称する郷さんは、鮨とテキーラのペアリング会やフレンチとのコラボなど、鮨の可能性を広げる活動に積極的に取り組む。鮨そのものも県外から季節を変えて通ってくる常連に愛され、評価は高い。
郷さんに福井の魅力をたずねると、「食材だけでなく酒蔵もいいし、和紙、包丁、器なども地産で揃っていること」という答えが返ってきた。店の食材は福井県産が9割以上だ。
「たとえば、北海道に行って九州のいい魚を食べるのはもったいないと思うんですよ。それよりも僕は旅先で地産のものを食べられるほうが嬉しいから、地元で養殖した魚も積極的に使っています。この店はお世話になった福井に恩返しする場でもあるのです」
寿司の王道を極めるだけが寿司ではない。太巻きを頬張ると、口の中でさまざまな食材が踊り出すような、にぎやかな味がした。一品の中に、福井の文化が詰まっていた。
限られた時間の中でより満足度の高い福井旅行を実現するなら、移動も楽しい瞬間に変えたい――。そんな要望に応えてくれるのが、「新幹線のファーストクラス」と称されるグランクラスである。高級感のあるデッキを通り抜けると、1車両に18席という贅沢な空間が広がっている。レザー張りのシートに深く身を沈め、その座り心地を楽しんでいると包みこまれているような穏やかな感覚になる。3列配置なので隣席との距離も気にならず、静粛性とプライベート空間を保つことが可能。仕事をしてもいいし、くつろいでもいい。この瞬間も、思い思いの時間が楽しめる。
乗車するとアテンダントが笑顔でリフレッシュメント(軽いお食事)を提供してくれた。和食と洋食から選べ、内容は季節ごとに変わる。「DEAN & DELUCA」プロデュースの洋食をチョイスした。一列に美しく並んだ4品。「六条大麦と鶏のクネル」では北陸産の六条大麦をスパイスで煮込み、「北海道産真鯛ブランダード リゾット仕立て」ではリゾットに福井産の米を使用している。新幹線沿線の食材をなるべく使うようにしているそうだ。和食は和食料理人・野﨑洋光氏が監修。こちらも旬の素材が楽しめる。
リフレッシュメントは「到着した土地でもおいしいごはんを食べてほしい」との配慮から、満腹にならない程度のボリュームで、その気遣いも嬉しい。往路は旅の期待に胸をふくらませ、復路では行程を振り返って余韻に浸る。自分の時間を過ごしていると、目的地まであっという間だ。「もっと長く乗っていたい」。そう思わせる至上の空間を過ごしながら、今回の旅を終えた。
中華そば一力
【住所】福井県敦賀市中央町1‐13‐21
【電話番号】0770‐22‐5368
【営業時間】11:00~19:00(麺がなくなり次第終了)
【定休日】月曜・火曜日(祝日の場合営業)
【備考】中華そば920円、中華そば大盛り1,170円、ワンタン麺1,170円などのほか小籠包、大焼売、豚角煮、水餃子(各650円)など副菜も充実。
奥井海生堂 神楽本店
【住所】福井県敦賀市神楽町1‐4‐10
【電話番号】0770‐22‐0385
【営業時間】9:00~18:00(日曜祝日は17:00まで)
【定休日】毎週火曜日と年末年始
【備考】敦賀駅前のotta店ほかCOREDO室町、西武百貨店池袋本店、伊勢VISONにも店舗あり。
海月
【住所】福井県福井市順化1‐10‐2
【電話番号】0776‐22‐7776
【営業時間】17:00~23:00
【定休日】日曜日
【備考】カウンター8席。予算は1万6,000~2万円。コース「海月」(14,300円)は、つまみ+寿司で20品前後を提供する。
文:鈴木 工 写真:山田 薫