2021年10月号の第二特集テーマは「釣って、食べる。」です。旅行作家の石田ゆうすけさんは、釣り好きで旅の途中でも機会があれば釣っていたといいます。なかでもカナダで体験した釣り人ならだれもがうらやむエピソードとは――。
カナダのユーコン川についてこんな話を聞いた。
川を背に、焚き火をしながら、釣竿を後ろに振る。ルアー(疑似餌)が飛んでいき、背後の川に落ちる。と同時に魚がかかる。前に竿を振ると、釣れた魚が手元に飛んでくる。それを焚き火に放り込む。焚き火から一歩も動かず、焼き魚が食べられる――。
その話を聞いたときは「ないない」と笑いながらも、幻想的なシーンが頭に広がっていた。
そのユーコン川の一区間360㎞を、10日かけてカヌーで下ることになった。その間、川が道と交差するところはない。川は文明に交わることなく、原始の森の中を悠々と流れていくわけだ。
川まではレンタルカヌー屋の送迎車で送ってもらったのだが、たまたま僕のほかに4人の日本人客がいた。作家、野田知佑氏の影響もあってだろう、ユーコン川は日本人カヌーイストにとって聖地のようなところになっている。
川に着くまでの間、4人といろいろ話しているうちに親しくなり、一緒に下ることになった。
川幅が何百m、ときには何㎞もあるような大河にやみくもにルアーを投げても、実際はなんの反応もなかった。魚がいるところはだいたい決まっている。
出発から2日目、森の中から小さな支流が流れ込んでいた。本流との合流点にルアーを投げてみると、着水と同時に竿先が曲がり、25㎝ぐらいのグレイリングが釣れた。それからは狂喜乱舞、ルアーを投げるたびにバシャバシャッと水が跳ね、グレイリングがかかる。焚き火の話もあながちでたらめだとは思えなくなってくる。
ソテーにして食べてみると、淡白な白身で少しイワナに似ていて悪くない。雑魚のように釣れるのに、味がイワナだから、なんと豊満な川だろうと目を見張ってしまう。
ただ、あまりにも簡単に釣れるので、すぐに興も冷める。まじめに釣る気も失せ、遠投して遊んでいると、岸から遠く離れた、川の中ほどの水深の深いところで、猛烈な引きが来た。しばらくファイトし、釣り上げると40㎝ぐらいのレイクトラウトだ。
それをぶつ切りにし、塩を振って焚火の網の上で焼いて食べると、5人全員が唸った。すごいコクなのに、なんて上品な味だろう。時知らず、いや、こりゃまるで鮭児だ。
それからはみんなグレイリングに目もくれず、沖に投げてレイクトラウト狙いに変わったのだが、結局10日通して釣れたのは僕が最初にあげた1匹だけだった。
翌日、川底に丸太がたくさん転がっているのが見えた。なんだありゃ?と注視していると、ゆらりと動き、総毛立った。キングサーモンだ。名前のとおり鮭科最大の魚で、『釣りキチ三平』を愛読していた僕にとっては憧れの魚だった。
冗談半分でルアーを泳がせてみたのだが、やはり産卵のために川に上ってきた鮭だけあって全然追わない。これを食いつかせるのは、技術だ。巨体の向こうに正確にルアーを投げ、リールを巻いて魚の鼻先にルアーを持っていったあと、スッと遠ざけ、"誘い"をかける。次の瞬間、ドンとすごい衝撃が来て、体ごと川のほうに引っ張られた。
「ウッヒョーッ~、魚紳さん来ただあ!!」
これはまずいことになった。まさか本当にかかるとは思っていなかったので、竿も糸も大型魚用ではなかったのだ。
無理はできない。サーモンが走れば糸を出し、糸がなくなれば僕自身が走る。30分以上かかって弱らせ、浅瀬まで持ってきて取り込んだキングサーモンは1m近くあった。
その日は4匹のキングサーモンが釣れ、3匹は逃がしてやり、メス1匹をまな板の上にあげた。
5人が固唾を飲んで見守るなか、一人が腹にナイフを入れる。
「ウオオオーッ!!」
真っ赤に光るイクラがどばどばと出てきた。まるでパチンコのフィーバーだ。小型バケツの半分ほどが赤い宝石で埋もれた。一粒ずつ手でばらし、醤油と酒に漬ける。
その日からイクラメニューのオンパレード。イクラ丼に始まり、イクラおにぎり、イクラスパゲティ、イクララーメン、イクラピザ、イクラトースト、となんにでもイクラを山盛りのせてガツガツ食べる。これがまたとんでもなく旨いのだ。さすがキングだけあって、イクラも普通の鮭のものより大粒で、口の中でブチュッと弾けるあの食感がよりダイナミック!かといって少しも大味ではなく、繊細で、鮮烈さの中に卵の黄身のような甘味があって、まろやかなコクが全体を包み......ああ、もうとにかく旨いんじゃあああっ!
僕たちは三日三晩、飢えた獣のごとくイクラを食べ続け、気が付けばそれぞれの顔にポツポツとニキビのようなものができていた。
イクラは脂肪分が多いのだ。
文・写真:石田ゆうすけ