宮城県の食材に魅せられた「銀座 こびき」の主人、金子大史さん。東日本大震災をきっかけに、生産者の元に足を運ぶようになり、そこで見出した食材を店の料理に生かしてきた。そんな金子さんの旅に同行させてもらうと……。
まず訪ねたのは松島湾の西南部、塩竈市のわかめ漁師の赤間俊介さんだ。船に乗り込み、穏やかな松島湾の養殖漁場を目指す。
わかめはロープに種苗を定着させて育てる。そのロープを船のクレーンで引き上げると、まるで滝のようにしだれるわかめが目の前に。「生わかめと一般に流通している湯通ししたわかめではどう違うのですか?」という金子さんの質問に、「食べれば歴然です」と赤間さん。
「では、違いを実感してもらいましょう」。赤間さんがカップに入れた生わかめにポットから熱湯を注ぎ、ひとたらしの醤油を加える。「これだけ?」と訊く金子さんに、「そう、これだけです」とうなずく赤間さん。
一口啜った金子さんが驚きの声を上げた。「恐れ入りました。これだけで十分です」。昆布出汁を使ったのかと思うような深い味わい。そう、生のわかめからは旨味たっぷりのいい出汁が出るのだ。
松島湾沿いに国道45号線を北上し、次に訪ねたのは東松島市の牡蠣漁師 阿部晃也さん。阿部さんは海苔漁師の相澤太さんと一緒に待ってくれていた。
金子さんと阿部さんとの出会いは10年前。東日本大震災直後、トロ箱いっぱいに牡蠣を詰めた阿部さんが金子さんの店の暖簾をくぐった。アポなしの営業訪問。「びっくりしましたよ。でも、晃也くんの牡蠣にはもっとびっくり。身に張りがあって旨味が濃い。それでいて独特の臭みはない。いままで食べたことない牡蠣でした」と金子さんは振り返る。
相澤さんの海苔を紹介したのも阿部さんだ。「これまた驚きの海苔でね。薄いんです。薄い海苔は流通過程で破れやすいから、みんな作ろうとしない。薄くて歯触りが良く、なのに旨味が強い。唯一無二の食材です」と金子さんは言う。
金子さんには、生産者とともにどうしてもこの地で食べたいものがあった。「蒸し牡蠣の磯辺巻き」だ。ともに豊かな旨味を持つ東松島の牡蠣と海苔を合わせて、松島湾の潮風の中で頬張る。想像しただけでよだれが出てきそう。
「旨いね」「太さんの海苔の力だな」「晃也くんの牡蠣がいいからだよ」。褒め合う2人。そんな生産者を笑顔で眺めながら、金子さんは最後の訪問地へ向かった。
国道45号線を東に向かって30分、「日高見」を醸す平孝酒造に到着。「刺身によく合う淡麗な酒として、ずっと注目していました」と言う金子さん。平孝酒造社長の平井孝浩さんは、「うれしいですね。石巻と言えば魚市場。魚が美味しい場所です。日高見は新鮮な刺身や寿司に合う食中酒として醸造しています」と応える。
酒蔵の見学後、「純米吟醸 Daccha(だっちゃ) 吟のいろは 生酒」を試飲する。宮城県産酒造好適米として登録されたばかりの「吟(ぎん)のいろは」を使い、宮城の酵母と宮城の水で醸した、文字通りの地酒だ。
「バランスが良いですね。ほどよい甘みがあり、香りも穏やか。いろんな料理と合わせられそうです」とDacchaの感想を語る金子さん。平井さんによると、従来の日高見よりも芳醇な味わいを目指しているそうだ。
生産者訪問から10日後、金子さんから電話をもらった。産地訪問から着想を得た料理ができたと言う。1品目は「杜の海の土瓶蒸し」。赤間さんのアカモクを使い、仙台セリ、仙台白菜を土瓶蒸しで仕立てた食欲を駆り立てる前菜だ。アカモクの海の滋味と、仙台セリの香り、仙台白菜の甘みが琥珀色の出汁の中に溶け合う。熱々を猪口で楽しみ、具材は生姜風味の二杯酢に浸して、温かい酢の物として余すことなく食べ尽くす。
次の品は「宮城県の出会いもので仕立てた芽吹きのタケノコまんじゅう」。阿部さんの牡蠣と相澤さんの海苔を、旬の走りであるタケノコで包み、まんじゅう仕立てに。仕上げに赤間さんの生わかめを使ったくず餡でとじた。豊潤な「Daccha」が進む。
金子さん、久しぶりの宮城はどうでした?
「思いの強い生産者が丹精込めた食材と酒ですからね。こちらも負けじと思いを込めました」。宮城県にはプロの魂に火をつける作り手がいる。
銀座こびき
【住所】東京都中央区銀座6‐16‐6
【電話番号】03‐3541‐6077
【営業時間】11:30~13:30、17:00~24:00、土曜日は17:00~22:00
【定休日】日曜、祝日
【アクセス】東京メトロ、都営地下鉄「東銀座駅」より5分
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文:鈴木桂水 写真:那須川薫、花井智子