
2024年6月号「驚くほど旨いパン2024」特集の巻頭で紹介した、神楽坂「しかたらむかな」が祭に参戦!みずみずしく、やわらかく、旨味が広がる超高加水パンをこの機会にぜひ味わってください。
今まで体験したことのない、シュワっと空気を含んだ弾ける食感。しっとりとした優しさと口溶けの良さ。それが「しかたらむかな」独特のパンである。
店主の中村隆志さんは、出身である和歌山県で、ごくごく普通の町のパン屋さんから修業をスタートさせた。そこで、さまざまな素材や製法を試していくうちに、自分好みのパンが見えてきたそうだ。
「酸味の強い酵母は苦手で、だからといってイーストだけで膨らませたものは奥行きがなく物足りない。皮が硬すぎるのもあまり好きではなくて。それらを解決した結果、自家酵母を使ってつくった超多加水の生地のパンという今のスタイルが生まれました。これだと、皮は薄く、酸味よりも粉の甘さが引き立つパンができ上がるんです」
聞くと簡単そうだが、見せてもらった生地は、これが本当に固まるのかというほどトロトロでプルプル。扱いが難しいのは想像に易い。聞けば、粉に対して最大で125%もの水分が入るとのこと。その分、焼くのに時間もかかり、たとえば通常35分程度で焼ける食パン型に80分もかけている。
米麹やレーズン、ヨーグルトを使ってつくる酵母は継ぎ足しをせず、1週間を目処に新しくする。だからフレッシュ感があって、膨らむ力も高い。
国産小麦をしっかりこねることで、持ち味である粘りをしっかり出すが、それではパンとして口溶けが悪くなる。そこをこの元気な天然酵母の力で分解し、ねっちりさせずにキレを出すという理論だ。
「素材本来の持ち味は出してあげないと窮屈でしょう。大きく焼いているので、食べるときはぜひスライスして、中のやわらかいところが最初に口にあたるように食べてみてください。翌日はレンジで温め直すのもお薦めです」
レンジでパンを温めるのは邪道だと思っていたので、中村さんのこの言葉には驚いた。やってみれば、やわらかさマックスとなったパンは、口に入れると即液体化。トースターで焼いたサックリした食感とは対極のこんな味わいもアリなのか!
世界各国にいろいろなパンがあるが、「しかたらむかな」のパンはどこの国のものとも言えない、常識を覆すような、それでも誰が食べても「パン」なのである。
この新しさと驚きをぜひこの機会に味わってほしい。
文:浅妻千映子 撮影:合田昌弘