今、世界が日本の発酵文化に熱い視線を注ぐなか、改めて評価されているのが伊豆諸島・新島が生んだ「くさや」だ。独特のにおいと複雑な旨味、300年以上も受け継がれてきた食の真価を、今こそ味わい尽くそう!

新しい味覚に出合う瞬間は、いつだってワクワクするもの。だが、「くさや」を初めて口にした時の衝撃たるや!自らの食の概念を根底から揺さぶられるような、すさまじいにおいと複雑な旨味に圧倒された。
くさやの歴史は300年前の江戸時代までさかのぼる。発祥といわれるのが伊豆諸島・新島だ。稲作が困難だった新島では、米の代わりに「塩」が幕府への年貢として納められていた。島民にとっても、塩は干物づくりに欠かせない貴重な財産。一滴も無駄にすまいと、魚を漬けた塩水を捨てずに幾度も継ぎ足し、使い回したことが、この発酵食品のドラマの始まりだった。
青ムロアジを主体に、小アジ、トビウオ、ダッコなどさまざまな魚のエキスが混ざって自然発酵し、やがてあの強烈なにおいの“くさや液”が出来上がる。新鮮な魚を漆黒の液体に放り込めば、微生物群の働きによって魚のタンパク質がアミノ酸に分解され、旨味が凝縮。独特の風味をまとったくさやの完成である。さらに驚くべきは、その強力な抗菌作用と栄養価。
「100年以上、大切に守られてきたくさや液には、トップスター並みの微生物が20種以上も共生しています」と話すのは、新島でくさやを製造販売する「池太商店」4代目の池村遼太さん。

「島民は昔から消毒薬や整腸剤としても重宝してきました。けがをすればその汁を塗り、腹を壊したときは焼いたくさやを口にする。まさに“医者いらず”の万能薬だったんです」(池村さん)。赤ちゃんの離乳食や子どものおやつとしても親しまれてきたソウルフード。「うちの娘は今も風邪気味になると『お父さん、くさや焼いて』って言いますよ(笑)」(池村さん)。島民にとってくさやは食卓の主役である前に、島の命を守るものだったのだ。

くさや液の原料はシンプルに塩と水だけだが、毎日かき混ぜることで、家の常在菌と混ざり合い、独自の味が完成する。それは門外不出の「家宝」のようなものだったという。震災や噴火の際、家財道具を置いてでもくさやの樽だけは抱えて逃げたという逸話が残るほど、島民にとって命と同じくらい大切なものだった。
「大正時代には100軒くらいの製造元がありました。それぞれ秘伝のくさや液を持っていて、家族以外には絶対に渡さないって感じだったんですけど、今は島でわずか4軒です。私は新島以外でも、継いでくれる人には分け与えています」と、池村さん。
しかし、この秘伝の液を維持するのは並大抵のことではない。水の質、塩加減、わずかな温度変化によって微生物のバランスが崩れ、瞬く間に腐敗してしまうからだ。
「経験や知識は不可欠ですが、それ以上に新島の清らかな水や潮風、火山灰土壌といったこの島特有の気候風土が微生物を育んでいると考えます」(池村さん)。まさに「新島テロワール」。島の人々はこのかけがえのない宝を次世代へつなぐための挑戦を続けている。

“快”と“不快”の境界線上で、個性的な魅力を放つくさやの「香り」。それはくさや液に含まれる多彩な微生物が魚のタンパク質や脂質を分解し、幾層もの香りのレイヤーを編み出すことで生まれる。
蒸したような発酵臭、熟成ワインを思わせる重厚さ、ブルーチーズに似た鼻を突くような酸味。それらが渾然一体となったとき、不思議な化学反応が起きる。最高品質のくさやを炭火であぶれば、驚くことにキャラメルやバニラに似た、甘い香気成分が検出されることがあるといわれている。「初めての人はひるむかもしれませんが、二度、三度と重ねるうちに、あらがいがたい魅力にとりつかれますよ」と、池村さん。
とりわけ島焼酎とのペアリングは抜群だ。三杯酢や一味マヨネーズを添えて楽しむも良し、お茶漬けやピザにトッピングしたり、アンチョビのようにパスタに絡めるのもおすすめだ。
「くさやの味がわかるのは、カッコいい大人」と笑う池村さんの言葉は、さながら未開の美食世界への招待状のよう。新島の店舗や東京・竹芝にあるアンテナショップ「東京愛らんど」、新島村のふるさと納税でも手に入れることができる。いつかは本場を訪れ、潮風に吹かれながら焼きたてを頬張る格別の体験をしてほしい。まずは一歩、その魅惑の扉をたたいてみてはいかがだろうか。
新島村のふるさと納税について
「ふるさとチョイス」https://www.furusato-tax.jp/city/product/13363
「楽天ふるさと納税」https://www.rakuten.co.jp/f133639-niijima/
新島村の観光・グルメ情報についてhttps://niijima-info.jp/restaurant/
新島村観光案内所 TEL:04992-5-0001
文:鈴木美和