世界を舞台にワインの魅力を伝え続けるワインテイスター・ソムリエの大越基裕さん。ソムリエにとって香りはテイスティングに欠かせない要素であり、その嗅覚は研ぎ澄まされている。そのプロフェッショナルが、より上質で贅沢感のある香りを目指して開発された、期間限定のバニラアイスクリームの真価を語った。
「以前住んでいたフランスでは、食後にデザートを食べるのが当たり前の文化でした。だから今も、食後には甘いものを食べたくなるんですよ」
自らの甘党ぶりを語るのは、ワインテイスター・ソムリエの大越基裕さんだ。日本人の合格者が年間数名しかいない難関資格・国際ソムリエ協会認定ソムリエの資格を持つスペシャリストである。ワインを学ぶため、21歳で渡仏し、その後、日本を代表するグランメゾン「銀座レカン」に勤務。2006年から再度フランスに渡り、栽培と醸造について見識を深めた経歴を持つ。
「甘党ではあるんですけど、ケーキやタルトを日常的に常備するのは難しいので、よくアイスクリームを買っています。その中でもハーゲンダッツは、舌触りが滑らかでリッチな味わいのアイスクリームという印象。手軽に買えるので、重宝していますね」
好みのフレーバーとして、『バニラ』、『クッキー&クリーム』、『マカデミアナッツ』を挙げる大越さん。そのハーゲンダッツのバニラフレーバーに期間限定の新商品が誕生した。それが『熟成バニラ 芳醇な香り』である。ラインアップの中で長年高い人気を誇り、かつ定番のフレーバーである『バニラ』に、さらなる香りの「特別感」をトッピングした一品だ。
通常の製法では、バニラの鞘(さや)をアルコールにつけこんで香りの成分を液体に抽出し、香りが凝縮されたバニラエキスをつくりだしていく。新商品ではバニラエキスを一定の温度で6週間置くことで熟成させ、香気成分の構成の変化を促進。それまでにない芳醇な香りを引き出すことに成功した。商品開発を担当する同社の伊ヶ崎裕美さんは、「定番の『バニラ』と使っている素材は一緒ですが、熟成によって全く違う香りが生まれました」と説明する。
「まず口に入れると洋酒のような香りがぱっと広がって、その後にバニラらしい甘い香りとキャラメルのような香りが続きます。2010年、ハーゲンダッツではウイスキー樽で熟成させたバニラエキスと洋酒を使用した限定商品『バニラスペシャルリザーブ』を発売しました。それはバニラとウイスキーのマリアージュをコンセプトにした商品だったので、熟成させたバニラエキスのみで洋酒のような香りが楽しめる商品は初めてです」
素材から異なる香りを導き出す――。ソムリエといえば、テイスティングにおいて微妙な香りを察知するプロフェッショナルでもある。そのような大胆な試みをどう評価するのか、大越さんに『熟成バニラ 芳醇な香り』を試食してもらった。
テーブルの上に並んだ、2つの小円の容器。定番のミニカップ『バニラ』と『熟成バニラ 芳醇な香り』のタンパーエビデンス(内ぶた)をはがすと、やがて容器の側面に小さな滴が浮かび始める。表面が潤って柔らかくなりだした頃、大越さんがスプーンをそっと差し込んだ。定番のバニラアイスクリームを口に運ぶと、思わず頬が緩む。
続いて熟成エキスを使用したバニラアイスクリームの試食へ。スプーンを口から出して小さく頷いた後、驚きの表情が広がった。
「どちらも美味しいけれど、味が全く違います。柔らかく甘やかな定番の『バニラ』と比べると、『熟成バニラ 芳醇な香り』はほろ苦さによって味が締まって、甘さが控えめに感じられる。定番よりもドライで、より大人な感じがしますね。定番の『バニラ』が甘味が広がっていくのだとしたら、『熟成バニラ 芳醇な香り』は広がるような甘さではなく、綺麗に整った輪郭の中で甘さが展開していく。これは今までにない特徴的なフレーバーですね」
香りについて、定番の『バニラ』はバニラと卵黄の味が一緒になって、優しい香りが口に広がると大越さんは語った。一方、『熟成バニラ 芳醇な香り』はバニラの香りにくわえて、キャラメルっぽい香りを感じるという。
「キャラメル感は味わいと香りに深みを与えて、いい意味で風味を複雑にしていますね。また、ほろ苦さがあることで、余韻の長さが醸し出されています」
大越さんによれば、「必ずしも、余韻が長い=美味しいわけではない」という。たとえば、日本酒の余韻が短いことはひとつのキャラクターであり、味わいがすっと消えていくものは「キレがよい」と評価される。
「ただ、フレーバーで楽しませるもの――ワインやアイスクリームは間違いなく余韻が長い方がいい。アイスクリームは口の中に残る時間が長いので、香りが弱いと食べている途中で風味がなくなって、味気なさを感じてしまいます。それが『熟成バニラ 芳醇な香り』の場合、熟成によって生まれた香ばしい香りが口の中に長く残るため、食べ終わった後も美味しいバニラを口に含んでいるという余韻を楽しめるんです」
飲食物は冷たいと香りが出ないが、口の中で溶けて温まることで香りが揮発していく。なので『熟成バニラ 芳醇な香り』を口の中でゆっくり溶かすと、時間が経つにつれて香りが立ち上がり、フレーバーがより長く続いていく。そうやって楽しむのが大越さん流の作法だ。
大越さんが「大人な感じ」と形容した『熟成バニラ 芳醇な香り』。はたして専門分野であるワインとは合うのだろうか。
「甘いものを食べながら甘くないワインを飲むと、味が甘さにもっていかれてしまうので、甘いものには甘いワインを合わせるのがセオリーです。だから、アイスクリームには甘いワインを合わせるのもいいし、ワインをそのままアイスクリームにたらしてみてもいいでしょう」
ニュートラルな味わいの定番の『バニラ』には、甘い白ワインを合わせたり、はちみつをかけたりすることを推奨。一方、ほろ苦さがある『熟成バニラ 芳醇な香り』は、複雑な味のものをかけることで、甘苦い美味しさを構築することを提案する。
「香ばしいフレーバーなので、ワインは白よりも赤の方が相性がいいでしょうね。特に濃い赤ワインは合うんじゃないかな。たとえば、濃厚なペドロヒメネスというシェリー酒を『熟成バニラ 芳醇な香り』にかければ、香りの同調感が出ると思います。もしくは、タンニンが多く含まれていたり酸が強くてキリッとしていたり、バニラの甘みが引き締まるようなワインでもバランスがいいはず。キャラメルの香りとの相性でいえば、樽で熟成させたブランデーなども面白いでしょう」
お酒とアイスクリームのマリアージュについて情熱的に語った大越さん。一息つくと、改めて『熟成バニラ 芳醇な香り』を一口食べ直した。そして最後に一言。「お酒もいいけど、やっぱりこのまま単品で食べるのが好きかな」と笑った。
外苑前「An Di」、広尾「An Com」オーナーソムリエ。1976年生、北海道出身。「銀座レカン」シェフソムリエを経て、2013年にワインテイスター/ワインディレクターとして独立。世界各国のワイナリーやレストランを周りながら、最新情報を収集・発信して、ワインの本質を伝え続ける。その一環として、2017年に現在の店を創業。新感覚のベトナム料理とワイン・日本酒のペアリングの楽しみを供する。
文:鈴木 工 写真:山田 薫