dancyu9月号「美しいカレー」絶賛発売中！

2022.08.05
- 連載 : dancyu本誌から

dancyu9月号は真夏の恒例企画「カレー特集」です。今年は、東京を飛び出して、沖縄、福岡、高知、和歌山まで、今、キラキラに輝いている全国のカレー店を行脚。土地の水、素材、気候風土にスパイスの香りを掛け合わせた、美しい大地の結晶のような一皿を選りすぐりでご紹介しています。

スパイスのチカラ

dancyu2022年9月号: かつて時々食べに行ったカレー店がありました。古びたレンガの建物の店内には、蹄鉄形のカウンターと小さなテーブル。マニアックな雰囲気でしたが、初めての客がおそるおそる「やってますか?」と覗くと、「まぁ、なんとかやってます……」と答えるような、ちょっととぼけたマスターが旨いカレーをつくっていました。
スパイスやにんにくが効いて、でもまろやかにまとまった独特の味わいは、時折無性に食べたくなる不思議な魅力がありました。「もともと香料関係の仕事をしていたので、スパイスはどうすれば香りを強く出せるか、マスキングしてまろやかにするにはどうすればいいか、頭の中でわかる」と言っていたマスターは、数年前に店を畳んでしまいました。しかし、食べる前からスパイスの香りで高揚感が増す（そして食後も余韻が長く続く）あのカレーは忘れられません。
もう一軒、二日酔いのときによく行ったカレー店もありました。蔦が絡まる建物の、正式な店名もよくわからない店。スープカレーのようなシャバッとした感じで、しかし、スパイスと唐辛子の刺激で冬でも汗だくになる強い辛味、二日酔いが一気にふっとぶ鮮烈な味わい。時折、あの強烈な味わいがふっと蘇ります。
どちらも今では食べることができないのですが、あの香りと味わいは一生忘れないでしょう。スパイスのチカラは凄い。思い出とスパイスは年月とともに印象が膨らんでいくのかもしれませんが。

dancyu編集長植野広生