三方が豊穣な海に面し、内陸には緑豊かな山地や肥沃な平野が広がる福岡県。海の幸、山の幸とも多彩な県産ブランドが揃う地元の食材を使い、中・和・伊・仏の一流レストランのトップシェフが創作メニューを提供するスペシャルフェアが2月8日から3月6日の日程で開催される。関西圏の会場となるのは、大阪「AUBE(オーブ)」、兵庫「玄斎」、京都「cenci(チェンチ)」、大阪「プレスキル」の4店。フェアの実施に先立ち、4店のシェフたちが産地視察のために福岡へ。博多和牛を含む肉類、鮮魚、野菜、フルーツ、調味料など幅広い食材に触れ、味わい、生産者の話に耳を傾けた。
2日間で福岡県内9ヶ所の産地を巡る食材探訪ツアーには「AUBE」のオーナーシェフ・東浩司さん、「玄斎」の店主・上野直哉さん、「cenci」のオーナーシェフ・坂本健さん、「プレスキル」のシェフ・佐々木康二さんの4名が参加した。
ツアー初日は福岡市内の鮮魚市場と食肉加工メーカーを巡り、たけのこの名産地として知られる合馬のたけのこ農園へ。翌日は牡蠣の養殖場、西洋野菜とハーブの専門農園、捕獲された鳥獣をさばき食肉として出荷するジビエ生産者、10年前から自社醸造を復活させた醤油蔵など、糸島の個性的な造り手を訪問。
竹林でのたけのこ掘り、牡蠣筏の上での獲れたての生牡蠣の試食、醤油のテイスティングやジビエの食べ比べなど、産地ならではのライブ体験も盛りだくさん。シェフたちにとっても、刺激と発見に満ちた食材探訪ツアーとなったようだ。
福岡の食材との出合いは、参加シェフの料理にどんなインスピレーションをもたらしただろうか。2月8日~3月6日、4軒のレストランを舞台に開催される福岡食材フェアで、その楽しみな成果が披露される。
各店のコースに組み込まれるメニューは3品。いずれも福岡県産の肉、魚、野菜と果物のいずれか、あるいは複数の食材の組み合わせで構成されるスペシャルな一皿だ。自慢のブランド肉や魚介類、旬野菜で構成される前菜や主菜あり、みずみずしいフルーツのデザートあり。
福岡の風土を映す食材と、中・和・伊・仏の技法と閃きが融合し、紡ぎ出す新しい世界に乞うご期待!
メニュー名の“唐揚げ”からは予測不可能な、柘榴色の肉の美しさにまずドキリ。猪の肉と知って2度びっくり。味わって、その無垢でクリアな旨味と脂のきれいな甘味に3度びっくりする人が多いかもしれない。
塩を振って卵と粉の衣をつけ、高温の油で揚げるだけの調理と聞けば、まさに唐揚げの名にふさわしいシンプルさ。ただし、鍋から引き上げて休ませたり、また戻したりを3~4回繰り返しながら、ゆっくり、じわじわと火を入れる。細心の手当てがあっての、目の覚めるようなロゼ色の切り口なのだ。
彩り豊かな付け合わせは、きのこ、黄色にんじん、ロマネスコ、赤かぶ、蕾菜など、糸島産の野菜を細かく刻み、サルサソースに仕上げた。「ジビエが苦手」という人にこそ、味わってほしい一皿だ。
左は、糸島産を中心とする大ぶりのサワラを使った、お刺身スタイルの前菜。薄く切った身を30年物の紹興酒ベースの漬け地に15分浸し、中国料理らしいねっとりした食感と熟れた旨味をプラス。脂がのってしなやかなサワラの肉質が、“漬け”によってよりしっとりと変化する。
花椒の刺激をぴりりときかせたソースと一緒に頬張ると、よりメリハリに富んだおいしさに。
右は、コースの幕開けに登場するスープ麺。福岡の水炊きや豚骨ラーメンの食文化を、香港の煮込みそば“煨麵(ウェイメン)”で表現しようと試みたという。はかた一番どりで取った白湯は、鶏の風味が濃すぎず薄すぎずのあっさりと上品な飲み口。麺とスープのみのシンプルな味わい、やさしい淡色の色合いに、“博多蕾菜”のほろ苦さと冴え冴えとした青味が映える。懐石のお粥のように胃をやさしく温め、コース序幕の調子を整えてくれる。
フェアメニューの目玉といえる猪は、ツアーで訪問した「糸島ジビエ研究所」から取り寄せるもの。自社で迅速かつ正確な解体と血抜きを行い、個体に対して最適な肉質管理を徹底。国内外の食材探訪経験も豊富な東シェフをして、「過去一の衝撃」と言わしめる気鋭のジビエ生産者だ。
ハーブ栽培のパイオニア「久保田農園」とも長いお付き合いだが、ハーブ以外の西洋野菜の多さに驚きを新たにしたそう。「福岡には、想像以上に豊かな食材の広がりがある。知られなければ、もったいない」と感想を口にする。
「今回のメニューは、まず食材のよさをストレートに伝え、最大限に生かす組み立てを考えました。その熱量が、料理を味わってくださる皆様にも伝わることを願っています」
大阪府生まれ、東京都育ち。3代続く料理人の家庭に育ち、赤坂「維新號」での料理修業、実家が経営する新橋「ビーフン東」料理長を経て、2011年に大阪へ。現在は初代店の創業地でもある西天満で「AUBE」「Chi-Fu」「Az/ビーフン東」の3店を経営。モダンシノワの新旗手として、数々の料理監修やカフェのプロデュースも手掛ける。
旬の魚介がメインのしゃぶしゃぶ鍋は、四季を通して「玄斎」のコースで供される締めの定番。今回は福岡県産のサワラを主役にした春らしい鍋がフェアメニューに登場する。
スープは昆布と鰹のだしに「ミツル醤油」の“うすくち”を加え、淡い色味と奥行のある旨味に調えたもの。表面に塩を振ってさっと炙り、厚めに切ったサワラをだしにくぐらせる。たちまち桜色の身の弾力が柔らかさに変わり、ほろりと舌の上でほどけ、上品な脂の甘味があふれ出す。
ハマグリ、野菜と具材を足すごとに、それぞれの風味が掛け合わされて旨味も2倍増しに。小鍋仕立てだからこその自在な味変ぶりを、たっぷり楽しみたい。
左は前菜の6点盛り。先付けの中で、ひときわ目を引くのが、福岡生まれのブランドいちご“博多あまおう”と博多春菊の緑が映える白和えの美しさ。知る人ぞ知る福岡名産品の博多蕾菜は、梅とゆかりの深い太宰府の天神様になぞらえ、梅の酸味をだしにしのばせた漬け地で“天神びたし”に。判じ絵を思わせる遊び心が、味わう楽しみをいっそう盛り上げてくれる。
右は赤身に脂のサシがほどよく入った“博多和牛”のもも肉を、和風のローストでシンプルに味わう一皿。付け合わせには旬の走りの合馬たけのこの炭火焼きに、地元兵庫の名産“朝倉山椒”の実山椒を醤油だれに加え、ぴりりと爽快な辛味をアクセントに添えている。
海と山に囲まれた自然環境を例に挙げ、「兵庫と福岡の共通点が見えて親近感を覚える。面白い食材が多いところも似ていますね」と話す店主の上野直哉さん。
和の料理人として、また自他ともに認める食材ハンターとして、今回の視察では特に福岡県産のさわらのクオリティに驚いたという。
「サワラの脂ののりと、きめ細かな質感が素晴らしい。熱が入ったときに、じわーっと染み出てくる香りと甘味は絶品」と手放しで称賛。フェアメニューではだししゃぶ鍋を提案しているが、「味噌漬けや粕漬けを隠し味に使った和風の炒め煮にも」と太鼓判を押す。
「普段は兵庫県産の食材が中心なので、博多和牛と朝倉山椒といったような、福岡にはない地のものも意識的に合わせています。そんな出合いの楽しみも感じていただけたらうれしいですね」
大阪府大阪市生まれ。浪速割烹の名店「㐂川」の創業家に生まれ、京都「菊乃井」での料理修業を経て2004年に神戸市内に「玄斎」をオープン。兵庫県産の食材を中心に、素材の持ち味を十全に引き出す直球の日本料理が上野流の真骨頂。
「cenci」のフェアメニューはリゾット、パスタ、デザートの3品。白眉は、こっくりと煮込まれた和牛テールと、きのこの旨味で構成する滋味豊かなリゾットだ。
博多和牛のテールは昆布だしと塩のみで炊き、自家製の麹ソース、ごぼうとともにさらに煮込み、ほどけるような柔らかさに。
このソースというのが、鮎の魚醤と米麹を常温で1ヵ月熟成させた後、60℃の低温で48時間火を入れる手間をかけて仕込まれるもの。麹由来のやさしい甘味が、和牛テールのミルキーな風合いにぴたりと寄り添い、どこか懐かしさも誘う。
「土っぽいものだけでまとめています」と坂本シェフが話すとおり、茶系の質実素朴な色合いだが、ふわりと立ち上るただならぬ香気とレイヤーをなす旨味の余韻に五感を刺激される。
「魚としてのおいしさがあり、骨もだしに使えるさわらはパスタに魅力的な素材」と坂本シェフ。ストライクゾーンの広さを生かし、身は炭火でほっくりと焼き、骨を昆布だしとお酒で煮出してスープに仕立てたのが左のパスタだ。組み合わせの具材は、2月が旬の京かぶら。「お茶の葉の香りが立って、味わいの要素としても重要」と、葉っぱの部分も具材に使っている。
デザート(右)には、シェフが「酸味と糖度のバランスがよく、いちごの品種として好き」と話す博多あまおうが、粒と甘酸っぱいソースで登場。いちごと相性のよいカカオの中でも、別格の香り、苦味、酸味のハーモニーをなすアマゾンカカオをテリーヌとメレンゲに。アイスクリームには杏仁やココナッツにも似たトンカ豆の甘い香りを添え、ネパールのスパイス、ティムールペッパーをぱらり。鮮烈な香りの余韻が、コースの最後にふさわしい。
リゾットに和牛のテールを使った動機について、「産地視察ツアーで、自社でテールも含めた内臓加工のトレースができる“博多和牛”の生産者に出会えたことが大きい」と坂本シェフは振り返る。
自家製の稲わらを飼料に使い、堆肥は米作に再利用する「豊作ファーム」の循環型農業の取り組みに、共感をもったこともきっかけに。「Chefs for the Blue京都」のリーダーシェフとして、海のサステナビリティに対する取り組みにも注力する、坂本シェフらしい選択といえそうだ。
安全であるならば、「和牛のテールは、料理人にとって喉から手がでるほど使いたい食材」とも。
「同じ牛の尻尾でも、博多和牛のテールは脂のサシがしっかりあって、長く煮込んでもパサつかない。ジューシーで風味も豊かです」
そんな違いも舌で確かめながら、入魂の一皿をじっくり味わってほしい。
京都府生まれ。祇園下河原「イル・ギオットーネ」料理長を経て2014年に「cenci」をオープン。2022年から京都で唯一の「アジアのベストレストラン50」選出(2023年は32位)、ミシュラン一つ星の連続獲得を果たし、国内外のフーディーズの注目を集める。食材を通して環境への取り組みを考える「Chefs for the Blue」の活動にも積極的に取り組む。
火入れ、ソース、香り、食感、彩り。ディナーコースで提供される魚の主菜は、そんなフランス料理の真髄が体現された一皿だ。フレンチの伝統技法“ミキュイ”で半生に火を入れたサワラの、みずみずしい甘味、官能的な身の柔らかさに、まずうっとり。
繊細な口どけに寄り添うのは、エシャロット、白ワイン、バターがベースの、これも伝統的なブールブランに、吟醸白みそを隠し味に足した独創的なソース。発酵由来のコクと穏やかな酸味が、サワラの淡白な味わいに輪郭を与え、一段上の高みに引き上げる。
あっと驚くのは、ガルニチュールだ。はかた地どりのブイヨンとオリーブオイル、白ワインでレンコン、合馬たけのこ、にんじんなどの根菜を煮込み、クミンの香りで風味づけした、福岡の郷土料理“がめ煮”のフレンチスタイル。
古典に最大の敬意が払われつつ、ハイブリッドな遊び心も盛り込まれた未知の味わいに心が躍る。
コース序盤は、博多和牛と合馬たけのこを二層に重ね、キャビアをこんもり盛った贅沢なタルタルの前菜(左)からスタート。博多和牛は希少部位である“まくら”(内もも肉)を使用。生ではなく、半レアの状態に火を入れてから刻んでいるため、赤身でも柔らかい上品な噛み心地が快い。小ぶりの若い合馬たけのこは、一切のえぐ味がなく、シャクシャクの歯触りが和牛の食感に心地よいコントラストをもたらす。たけのこの皮をあしらったプレゼンテーションが目にも楽しい。
王道フレンチの格調が漂う前菜が、もう一品。フレンチの食材としておなじみのモリーユ茸に、はかた地どりのすり身を詰めて蒸し、エシャロットでソテー。同じ地鶏のブイヨンとマデイラ酒、生クリームでまとめた、こっくりと深いソース、トリュフの華やかな香りが、グランメゾンで正統派のフレンチを味わう喜びをかき立ててくれる。
伝統的なフランス料理の本質を守りつつ、その土地の素材と対峙し、食材から得るインスピレーションを新しい料理の表現手法に取り入れるのが佐々木シェフのスタイルだ。
フェアメニューの「サワラのミキュイ」が、まさにそれ。
「脂のりのよいサワラは特に身が柔らかいので、本来の低温による長時間の火入れでは身割れを起こしやすい。高温のオーブンで数分だけ焼いて取り出し、休ませる独自の火加減で工夫しています」
かたや、前菜のタルタルでは、ほんのり熱が入った状態で真価を発揮する「博多和牛」の食感に注目。赤身にしてはさっぱりとクセのない旨味を開かせるためにも、「50℃の低温で30分ほど火を入れる調理が向いているのでは」と話す。
食材と、その生産者に向けたリスペクトを映す一皿一皿。出合いのテーブルが、今から待ち遠しい。
岡山県生まれ。神戸「アラン・シャペル」「トランテアン」、長崎ハウステンボス「エリタージュ」など一流ホテルのレストランでシェフを歴任し、パリやリヨンのグランメゾンでも研鑽を積む。2015年に大阪・淀屋橋に開業した「プレスキル」のシェフに就任。「ミシュランガイド京都・大阪2023」で一つ星を獲得。クラシックな技法をふまえ、独創的な素材使いや色彩感で現代的なフレンチのエスプリを表現する佐々木ワールドで魅了する。
福岡県農林水産部福岡の食販売促進課
TEL. 092-643-3514
文:堀越典子 写真:石井小太郎