「分とく山」の野﨑洋光さんの料理は実に簡単でシンプルである。どうすれば素材の持ち味が生きて、おいしくなるかを知り尽くしているからだ。「煮魚は煮ない。煮るからまずくなる」「粒子の細かい食塩を上手に使う」あらかじめ素材に塩をすることによって、旨味が引き出される基本のコツ。古くて新しい「塩づかい」を生かしたレシピを教えてもらった。
和食は塩が基本です。最近は“旨味”ばかりが注目されますが、本来は正しい塩づかいによる“淡味”こそがおいしさの秘訣です。あらかじめ素材に塩をしておくことで煮汁との間に“味の道筋”ができますから、肉も魚も長い時間煮る必要がありません。
そう話すのは、「分とく山」総料理長の野﨑洋光さん。難しく考えがちな和食の基本をシンプルにわかりやすく解き明かしてくれる野﨑さんの話には、家庭料理のヒントがたくさん隠されている。今回は正しい「塩づかい」についてのお話である。
たとえば“塩ゆで豚”は、軽めに塩をした豚肉を霜降りにして余分な塩分を洗い流してから、香味野菜と一緒に水から30分ゆでるだけで完成。色鮮やかでジューシーな豚肉が食欲をそそる。煮汁は肉のおいしさがしみ出たスープとして、香味野菜はソースとして余すことなく使うことができる。
実は、煮魚も煮てはいけないんです。煮るからまずくなるんです。新鮮な肉や魚は生のうちに塩を入れておけば、それほど時間をかけずにすみます。煮魚も10分以上煮るからパサパサになって、まずくなってしまうんです。
野﨑さんの煮魚は、生魚に塩をして20~30分おいて霜降りにし、水から入れて沸騰するまでの数分、火にかけて完成。下ごしらえに使ったさらさらで粒子の細かい食塩が、魚と汁に味の道をつくり、程よい塩加減になるのだ。こうしてでき上がった煮魚は、しっとり柔らか。汁は、そばやうどんのつゆに使えるほど旨味がある。
沸騰した煮汁の中に魚を入れてタンパク質を固め、旨味を逃がさないというこれまでの常識は、それ故に味が入らないということにもつながります。味が入らないから、どうしても煮過ぎてしまうんです。
また、漬け物の場合は、塩をしておいた野菜をいったん70℃のお湯をくぐらせてから調味液に漬けることで、まろやかな味の浅漬けになるという。
これらはすべて、和食の基本であるところの“淡味”の考え方。古い昔の仕事なんです。粒子が細かく、味が入りやすい雑味のない食塩を使って、素材と汁の間に“味の道筋”をつくる。これが古くて新しい塩づかい。調味料をたくさん使う時代は終わりました。塩は進化しているんです。
野﨑さんが教える、塩づかいが鍵になるレシピ3品。毎日の食卓でぜひお試しを!
・ 豚ロース肉 | 500g(塊) |
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・ 食塩 | 15g |
・ 和辛子 | 適量 |
A セロリの葉 | 50g |
A にんじん | 50g |
A 長ねぎ | 50g |
A 玉ねぎ | 100g |
B 水 | 1L |
B 食塩 | 20g |
B 酒 | 100ml |
タコ糸で巻いた豚肉に食塩をまぶし、1時間おく。
鍋に湯を沸かし、1を入れて、塩を落とすようして霜降りにする。冷水に取って表面を洗い、水気をふく。
鍋に、粗く刻んだA、B、1を加えて火にかける。沸騰直前(約80℃)で弱火にし、30分ことこと煮て火を止め、煮汁ごと室温まで冷ます。
煮汁の野菜と汁を分ける。野菜はフードプロセッサーで細かなペースト状にする。肉はタコ糸を取り切り分ける。汁はスープにする。
器に盛り、和辛子、野菜ペーストを添える。
※保存するときは、煮汁ごと容器に移して冷蔵庫で保存する。
・ かぶ | 3個(葉付き) |
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・ にんじん | 30g |
・ 食塩 | 15g |
A 水 | 250ml |
A 昆布 | 1枚(5cm角) |
A 食塩 | 2.5g |
かぶは洗って皮ごと縦半分に切り、薄い半月切りにする。葉は3cmの長さに切る。にんじんは皮をむいて食べやすい大きさに薄切りにする。
ボウルに1を入れて食塩をふり、しんなりしてきたら軽くもみ、ポリ袋に入れて空気を抜く。重石(約1kg)をのせて30分おく。
その間に、Aの水に昆布を入れて15分おき、食塩を加えてひと煮立ちさせる。
鍋に水(分量外)を入れて火にかけ、70℃にする。その中に2を10秒ほど浸して、すぐに氷水に取る。軽く水気を絞り、再びポリ袋に入れて3を注ぎ、空気を抜いて30分おいて完成。
・ さわらの切り身 | 4切れ |
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・ 食塩 | 適量 |
・ 椎茸 | 4個 |
・ 長ねぎ | 2本 |
・ 豆腐 | 1/3丁 |
A 水 | 600ml |
A うす口醤油 | 40ml |
A 酒 | 40ml |
・ 木の芽 | 少々 |
さわらは薄く食塩をふり、20~30分おく。
鍋に湯を沸かし、軸を取った椎茸を湯通ししてざるに上げる。同じ湯でさわらも表面がサッと白くなるまで霜降りにし、冷水に取って水気をふく。
長ねぎは5cmに切り、側面に食べやすいように数カ所切れ目を入れる。豆腐は2等分にする。
鍋にAを入れ、1、2を入れて火にかける。沸騰したら火を弱め、1~2分煮てさわらを取り出す。
長ねぎに火が通ったら、さわらと一緒に器に盛り付け、木の芽を添える。
さわらに添えた菜の花のゆで方にもコツがある。酵素を壊さない低温の70℃でゆでることで、おいしく仕上がるのだという。食卓を豊かに彩るこれら3品は、シンプルに塩だけでおいしくなる調理法。素材に旨味がある時代、すべての料理は「塩」に通じるのである。
「分とく山」総料理長。日本料理界に新風を吹き込み、伝統的でありながら独創的な和食を提案し続ける。また、多数の著書、料理教室などを通じて、人々に和食の親しみやすさをわかりやすく伝えている。
「もともと塩は食物を保存するために使ったのではなく、塩を保存するために食物に入れました。昔の塩は湿度によって塩化マグネシウムが固まってしまったため、食物に加えて保存してきたのです。塩を大切に考えていた先人の知恵ですね」
長年ご愛顧いただいている塩事業センターの「食塩」。これからも全国津々浦々に安心してお使いいただける商品を提供してまいります。詳しくはこちらのブランドサイトをご覧ください。
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文:REVE 写真:大山裕平