日々目まぐるしく変わる鎌倉。せっかく訪れるならば、長く住む人たちから愛されている店を訪れたい。「美味・鎌倉」、第一回は、鎌倉の名店「邦栄堂製麺」が、鎌倉市農協連即売所にオープンした「邦栄堂商店」です。
昔からの地元民はただ「野菜市場」と呼ぶ鎌倉市農協連即売所の一角に、邦栄堂製麺が直営店を開いた。その名も「邦栄堂商店」には、細麺、平太麺など5種の中華麺のほか、大小の餃子の皮など、邦栄堂製麺の工場(こうば)と同じ品が並ぶ。工場までは鎌倉駅から徒歩30分近くかかるが、邦栄堂商店ならば5分とかからない。社長の関康さん曰く「バス代分くらい高い」けれど、「近くなって嬉しい」という声の方が圧倒的多数という。
邦栄堂商店を始めたのは単に利便性のためではなく、「周りにいる人たちを巻き込んでいきたい気持ちから」と、関さんは語る。
「幸いにも美味しいものをつくってくれる人、知っている人たちが周りにいて、もう少し紹介したいと思ったんです。例えば小坪港で漁師をしている(植原)和馬君のワカメは、ラーメンにも最高に合う。いずれはチャーシューも並べて、商店でラーメンの具が揃ったら面白いかな、とか。季節の巡りに合わせて、麺に近いところのものを扱っていきたいと思っています」
新商品「和え麺の素」は、関さんの30年来の友人であり、工場にパンを卸している「fukuo」がつくっている。少し濃い目の味付けは、麺だけでなく、市場で季節の葉物野菜やトマト、きゅうり、ハーブなどを選んで、一緒に合わせて欲しいから。関さんは、丼の中で完成する繋がりのようなものを大切にしている。「和え麺の素」の製造を工場生産にし、真空パックで地方発送するような外向きの展開はしたくないと言う。
「そう思うのは、僕が三代目だからだと思う。きっと70年続いてきた製麺所という興味もあって、お客さんは麺を買ってくれているところもあると思うんですね。もしも大きな工場に外注するようになったら、クラフト感、手づくり感みたいなものも薄れてしまうし、僕も働かなくなると思う(笑)。粉まみれで働くのが性に合ってるし、自分もそういう店が好きなんですよ」
工場長の鎌田さんがキッチンカーでつくる焼きそばも、大量に麺を蒸しておくのではなく、都度、麺を茹でて鉄板で焼いている。効率化よりも、自分たちが美味しいと、面白いと思うやり方を貫くことが、日々の仕事を続けていくコツだと言う。
「地方発送もやらせてもらっていますけど、本音を言えば、どこかで半径数キロの商売だと思っているんですよね。地元の狭い範囲に愛されなかったら意味がないと言うか。市場の中には、農家さんはもちろんだけど『PARADISE ALLEY BREAD & CO.』や『LONG TRACK FOODS』みたいな、愛されるいい店があるから。その一員になりたいっていう気持ちですね」
地元民から愛されなければ続けられないことを関さんはよく知っている。そのためには日々コツコツと、麺をつくるしかない。撮影をしている間にも、売り切れになった冷やし中華用の麺が入った番重(ばんじゅう)を工場から届けに来ていたが、それは新店舗の風情ではなく、もうすでに土地に根付いた風景に見えた。
文:村岡俊也 撮影:長野陽一