
東京のdancyu祭にも2度出店いただいている創業400年の名店「瓢亭」が、本拠地・京都で初開催となるdancyu祭にも登場します! 料理は、華やかで具だくさんの「お雑煮」。焼き餅に、塩麹に漬けて焼いた鯛、胡麻豆腐や彩りの野菜を添え、鯛のだしと一番だしを重ねた蕪のすり流しを注いで仕上げている。初春の煮物椀として本店で供されている贅沢なお雑煮だ。





南禅寺のほど近く、深い緑に包まれるように佇む京都屈指の老舗料亭「瓢亭」。創業から400年余り、その歴史は南禅寺の門番所を兼ねた腰掛け茶屋から始まった。参拝の人々がひと息つく場所から、天保8年(1837)には料理屋へ。以来、茶の湯を礎としたもてなしの心を、時代を超えて守り伝えてきた。
門をくぐると、細い露路が庭へと続き、その先に池を囲むように趣の異なる四つの棟が点在する。なかでも「くずや」は創業当時から残る茅葺きの建物。外から見ると素朴な庵だが、室内には細部にまで心を配った意匠が潜んでいる。床の間を眺め、軸や花を愛で、季節の気配を感じる。そのひとときもまた至福。日常から離れて、ゆったりと流れる時間と向き合える。
長い年月を経て代々受け継いできたものは、料理にもある。瓢亭玉子や夏の朝がゆは、瓢亭を訪れたなら一度は味わいたい名物だ。黄身がゆるく白身が固めの半熟に仕立てた瓢亭玉子は、お弁当や懐石の八寸の中で味わいと彩りを添える。また、朝がゆは、さらりと炊いた粥に季節の料理を添えたもので、冬は白がゆに代わって鶉がゆが登場する。長い歴史の中で守られてきた味は、流行とは一線を画す普遍の味。極めて質実の味なのだ。
しかし一方で、瓢亭は決して昔のままではない。その変化を担ってきたのが、十四代当主・高橋英一さん(2026年10月、生活文化の分野で初めて人間国宝・重要無形文化財保持者に認定)と、長男で十五代当主の高橋義弘さんだ。
英一さんは食材や味わいを見直し、お造りは魚を何種も盛り込むのではなく、明石の鯛を一年を通して主役に据えた。今では当たり前のように思える鯛の一点盛りを、手に入る限り続け、へぎ造りにする。また、日本料理の味の要となるだしも変えた。従来の鰹節ではなく鮪節に目を向け、すっと澄んだ味わいの中に素直な旨味を引き出す。椀物や煮物を支える瓢亭の味は、こうした地道な仕事の上に成り立っている。
英一さんの背中を見てきた義弘さんもまた、だしを料理の可能性を探る手がかりとしている。昆布や魚の節だけがだしではない。たとえば野菜だしは、余った野菜を干し、そこから旨味を引き出したもの。ほかにも貝や鶏肉など、献立に応じてだしの素材を変える試みも行っている。
だしを掘り下げることは、京料理の原点をたどることでもある。何から旨味を引き出し、どう料理に重ねるのか。昔からの仕事や古い知恵を振り返りながら、今の一皿に置き直してみる。義弘さんがだしを通して取り組んでいるのは、そんな見直しである。
また、鯛の造りの新しい食べ方として「トマト醤油」を考案した。トマトの旨味と酸味を生かした軽やかな味わいで鯛を引き立て、従来の土佐醤油とは違うすっきりとした後味をもたらす。
「野菜だしもトマト醤油も、現代の食べ手に合う味を追求した結果、生まれたものです。新しいものに背を向けはしないけれど、流行だからと飛びつくこともしない。試して、味わって、瓢亭の料理として残せるものだけを選ぶようにしています」
その繰り返しで、400年という時の流れの中に新しい一頁を加えてきた。
瓢亭を繰り返し訪れると、老舗という言葉の意味が少し違って見えてくる。瓢亭玉子や朝がゆのように、何代にもわたって変えないものがある一方で、だしや醤油といった料理の細部は、時代とともに変えている。
守ることと、変えること。その二つは、相反するものではないのだろう。変えてはいけないものを知っているから、変えることができる。400年余り続く瓢亭の強みは、そこにある。
祭で3度目の登場となる「瓢亭」は、地元・京都での開催ということもあって、より瓢亭らしさが伝わる一品として「鯛雑煮」を用意する。京都の冬の椀物にふさわしい、美しくて贅沢な仕立てのお雑煮である。
京都の正月では白味噌雑煮が一般的だが、この鯛雑煮はすましをみぞれ仕立てにしている。椀種は、香ばしく焼いた餅、鯛、胡麻豆腐に、大根、人参、菊菜などの色鮮やかな野菜を合わせたもの。その一つ一つに、料亭ならではの工夫が凝らされている。鯛は、パサつきを防ぎ、冷めても硬くならないように切り身を塩麹に漬け込んでから焼き、しっとりと仕上げる。胡麻豆腐は胡麻ペーストを使わず、太白胡麻油と豆乳だけをしっかりと練り上げた、義弘さん考案のオリジナル。驚くほどなめらかで、フルフルの食感が特徴だ。
「従来の胡麻豆腐は美味しい一方で、胡麻の粒子がざらつくという側面がありました。そこで、より滑らかな口当たりを追求し、豆乳と胡麻油だけでつくるという独自の手法を試してみました。こんなふうに温かくした胡麻豆腐も、なかなか美味しいもんですよ」と義弘さん。
白味噌雑煮には丸餅を使うが、この雑煮はすまし仕立て。使うのは、新潟・長岡の業者から長年取り寄せている、きめ細かく口当たりなめらかな角餅で、香ばしく焼いている。
そして、この椀の味の要となるのが、だし。
「鯛の骨から取っただしと一番だしの2種類をブレンドした、この雑煮のために用意しただしです。以前は一番だしだけでつくっていましたが、このほうが味に深みが出て、より美味しいんです」
鯛のだしは、塩麹をまぶして焼いた鯛の骨と、野菜の皮やヘタを一緒に煮出したもの。野菜は冬場に多く出る蕪や大根の皮などを軽く乾燥させて使う。もう一方のだしは、店で普段から使っている利尻昆布と鮪節でとった一番だし。二つを合わせたところへたっぷりの蕪をおろし入れてみぞれ仕立てにし、葛でとろみをつけている。このだしをいただくだけで満足でき、体の芯までじんわり温まる。
さらに、家庭でも瓢亭の味を楽しめるように、祭会場では持ち帰り用の料理も販売される。冷めても美味しい工夫がされた「白味噌入りの厚焼き卵」、知る人ぞ知る人気メニューの「鯛のあらだき」、ご飯のお供の「じゃこえのき」などが並ぶ予定だ。なかでもあらだきは、お造りに使っている天然の明石鯛の頭を用いた一品。いずれも数に限りがあるため、出会えたらぜひ手に取ってもらいたい。







文:西村晶子 写真:内藤貞保
※文中の髙橋さんのお名前の漢字「高」は、正しくは“はしごだか”です。ブラウザ上で正しく表示されない可能性があるために「高」と表示しています。