刺身より旨い干物をつくる!〜「島源商店」干物修業体験記〜
いざ天日干し!指で押して指紋がつけば干し上がりも近い

いざ天日干し!指で押して指紋がつけば干し上がりも近い

気温が低く少し風がある晴れの日は、絶好の干物日和。伊東の人気干物店「島源商店」の内田清隆さんにさばいた魚の干し方と、干し上がりの見極め方を教えてもらった。

皮目はパリッと身はふっくら。ガツンとしたコク。すべて太陽のおかげです

干物はなぜ「干す」のか。水分を抜いて保存性を高めながら、旨味を凝縮するためだ。
腐敗や生臭さの原因となる雑菌は水分や空気で繁殖してしまう。だから、塩の浸透圧効果で水分を外に出した後、天日や風の力を使ってさらに蒸発させる。我らが干物師匠・「島源商店」の内田清隆さんは、店の屋上に設置してある大きな干し網に開いた魚を並べながら、天日干しの効果を教えてくれた。
「天気の条件次第ですが、だいたい3~4時間干せば完成です。日光の紫外線によって魚のたんぱく質が分解して旨味成分となり、ガツンとしたコクが出ます。皮目はパリッと身はふっくらと仕上がりますよ。特に青魚は天日干しが一番です。ただし、ブリは直射日光を当てると黒ずみやすいので注意してください」

大量生産される干物の多くは冷風乾燥機によって室内でつくられる。野菜にたとえるなら、天日干しが露地栽培で冷風乾燥機干しはハウスや水耕栽培だろう。島源商店にも冷風乾燥機はあるが、梅雨や真夏など「どうしても天日干しが難しい」時期にしか使わないという。
ただし、天日に当てないことのメリットもある。しっとりと上品な食感になることだ。
「皮目も柔らかく仕上がります。白身魚の干物には向いているかもしれません」

気温低めで風が少しある晴れの日。それは「天日干し日和」!

あくまで天日干しを原則とする島源商店。屋上は地上4階にあるため、排気ガスがかかる心配もない。通りを挟んで砂浜と相模湾が広がっているので、潮風が干物づくりを手伝ってくれる。

大原則として、高温多湿な夏は天日干しに不向きだと覚えておきたい。乾く前に腐敗してしまう危険がある他、夏の直射日光は強すぎて魚の脂を酸化させてしまう。島源商店では気温も日差しも強まる前の早朝を選んで干しているという。
「干物のベストシーズンはやはり秋と冬。この季節の柔らかな日光ならば直接当たっても大丈夫です。条件的にベストなのは気温15~17度で風が少しある日。湿度は50%以下がいいでしょう。気温が12度以下になるとハエなどの虫が寄りつかなくなりますが、乾きは遅くなります」

このゆっくりした乾き方を利用したのが一夜干しだ。ただし、気温が低すぎると凍ってしまうので注意。
「風が強いときは何時間も干していると乾きすぎてしまいます。風が当たり過ぎない場所で干すようにしてください」

ダウンジャケットは大げさだけど何も羽織らないのは寒い。洗濯物が揺れるぐらいの風が吹いている。雨の心配はまったくない――。こんなときが干物日和だと言えそうだ。

干物の表面を指で押して指紋がついたら、あと20分!

「家庭なら、洗濯物用の小物干しを使うのもいいですよ。干し網よりも効果的に乾かせます」と内田さん。垂直に干したほうが横から吹いてくる風によく当たり、魚の水分も表面で溜まらずに下に落ちるからだ。
「家庭のベランダなどで干すときは新聞紙などを床にしいておきましょう。汁がポタポタ落ちて臭くなるのを防げます」

ハンカチや靴下などの小物干しは、干物づくりにぴったり。干し網(右)よりも断然乾きやすい。ただ、網でカバーされていないので虫が来る可能性があるのが玉にキズ。

島源商店の屋上を借りて、アジの開きをさっそく干してみよう。この日の気温は21度。小物干しが揺れるほどに風も吹いていた。干す直前に、身の表面を尾から頭に向かって手でなでつけよう。仕上がったときに美味しそうな照りが出て食欲をそそるからだ。干物を「売り物」にしている島源商店流のひと手間である。

干す直前に、尾から頭に向かって指でなでるとキメが整い美しく仕上がる。

内田さんはこの条件なら1時間半ほどで干し終わると予想。え、もう終わりですか?
「干した魚の身を触ってみてください。水分でベタベタしていないでしょう。うっすら膜が張っているのがわかりますか。それを押して指紋がついたら、表面の水分は適度に抜けた証拠です。この時点から20~30分ほど干したものを基準としてください」

しっかり乾いているけれどかなり弾力がある。これが生干しだ。さらに干して、カラッとした食感と香ばしさを楽しむ「堅干し」にしてもいい。

指で押したときにうっすら指紋がつくようになったら、さらに20~30分干して出来上がり。
完成したアジの干物。干し上がる頃にはもう押しても指紋がつかなくなっている。冷蔵庫もしくは冷凍庫で保存しよう。

干し上がったら焼いて食べるだけだ。島源商店の屋上でつくった干物は、表面にしっかりとできた膜は箸で薄皮のようにペリペリと剝けるぐらいだが、その下の中身はふっくらしていて乾きすぎていない。まさに生干しだ。塩は強すぎず、よく焼いた香ばしさと凝縮されたアジの旨味を味わうことができた。

皮目はパリッと身はふっくら焼き上がった天日干しのアジ。旨味が凝縮していて味が濃い。
第6回コラム用(干し上がり)
【大宮冬洋の干物日記】鮮度による塩分濃度と浸水時間の調整に苦戦中!
○月△日

大学に合格するまではいわゆる「ガリ勉」だった僕。授業前の予習復習を欠かしたことはなかった。でも、大学を卒業する頃にはすっかり勉強嫌いになってしまい、SPI(企業の採用活動で使われる適性検査)をはじめとするあらゆる試験から逃げ続けて現在に至る。

そんな僕だが、魚をさばいて料理することだけは不思議なほど熱心に学べている。干物師匠の内田さんの義父である島田静男さんが監修した『かんたん干物づくり』は何度も読み返しているし、内田さんに教えてもらったことは自宅で反復練習。無性に楽しい。

しかし!干物づくりは予想以上に難しい。同じ魚種でも大きさや鮮度は千差万別。個体ごとに開き方、塩分濃度、浸水時間、干し方と干し時間、焼き加減を決めなければならない。気温や湿度、日差し、風の強さによる干し加減の調整も必要だ。

ある日、近所のスーパーでアジとシズ(イボダイ)、カマスを購入。アジとシズは刺身でも食べられる鮮度、カマスは加熱用だと表示してあった。アジは腹開き、丸っこくてかわいいシズは背開き、細長いカマスは小田原開きに。この3種の開き方は前々回にじっくり教わった。師匠のように素早くは開けないけれど、魚の形によって開き方を変えるとプロになったみたいで気分がいい。

僕は干物を肴にして酒を飲みたいので、旨味をできるだけ凝縮させて塩はしっかりめに入れたい。濃度12%の塩水を用意。浸水時間は島源商店流に12分間で固定。今回はこれで試してみよう。
外はよく晴れているけれど気温は8度で風はほとんどない。アウトドア用の干し網を使ったが、1時間半後では表面がまだベタベタしていた。干物専用の小物干しを買ったほうがいいかもしれない。カラスに狙われそうだけど……。
3時間後にベタベタはなくなり、表現の膜に指紋がつく程度まで乾いた。ベランダから引き上げて、ラップをせずに冷蔵庫へ。夕食時にはいい感じに乾いていた。
焼いて食べてみた。アジとシズは表面だけ塩辛くて中は水っぽくて旨味が足りない。カマスだけはなかなかいい出来。旨味の凝縮も感じられた。
シズはカマスの半分ほどのサイズだったのに、あまり塩が入らずに水分が十分に抜けなかったことになる。考えられるのは鮮度の差だ。カマスは内臓が溶けかかるほどに鮮度が落ちていたので、身が緩んで塩水が浸みやすかったのだろう。今後、刺身でも食べられる鮮度の魚を干物にするときは、塩分濃度ではなく浸水時間を増やしてみようと思う。

コラム撮影:大宮冬洋

教える人

内田清隆(「島源商店」専務)

1977年生まれ、東京都江戸川区出身。2005年、妻の実家である「島源商店」に入社。旬の魚を目利きし、脂乗りや身の厚さに応じて仕込み、干し台の向きや干し時間を天候によって変えるなど、魚と塩と天日だけを使った干物づくりの伝統を受け継ぎ、「一口食べれば味の違いを実感する」干物づくりに精進している。内田さんの義父である島田静男さんは『かんたん干物づくり』(家の光協会)という一般向けの本も監修。

島源商店
住所:静岡県伊東市松原本町4‐8
TEL:0557‐37‐2968
http://www.shimagen.com/index.html
※明治30年創業の干物店。卸が中心だが、店頭でも購入可能。

文:大宮冬洋 撮影:牧田健太郎

大宮 冬洋

大宮 冬洋 (ライター)

1976年生まれ。埼玉県所沢市出身。2012年、再婚を機に愛知県蒲郡市に移住。潮干狩りの浜も深海魚漁の港もある町で魚介類に親しむようになる。現在は蒲郡と東京・門前仲町の2拠点生活を送る。インタビュー記事なのに自分も顔を出す「インタビューエッセイ」が得意。関心分野は人間関係と食。自分や読者の好きな飲食店での交流宴会「スナック大宮(https://omiyatoyo.com/snack_omiya)」を東京・大阪・愛知などのどこかで毎月開催中。著書に『人は死ぬまで結婚できる』(講談社+α新書)などがある。