刺身より旨い干物をつくる!〜「島源商店」干物修業体験記〜
まずは基本のアジの干物を攻略する!

まずは基本のアジの干物を攻略する!

まずざっとアジの干物の基本を押さえよう。教えてくれるのは、静岡・伊東市の人気干物店『島源商店』の内田清隆さん。干物用の魚を開くのは、三枚おろしよりずっと簡単だ!

①開いて、②洗って、③塩水に浸けて、④また洗って、⑤干す。たった5工程!

伊東「島源商店」に教わる干物づくり、最初に習うのは、日本の干物の代表格・アジの開きだ。
アジは味が良くて手に入りやすい魚だ。小ぶりで扱いやすく、さばくのが楽。小さなウロコやゼイゴ(尾の近くの側面にあるとげ状の硬いウロコ)は、干物にする場合は取り除く必要がないのも嬉しい(小さな鱗が口に残るのが嫌な場合は、包丁の背で魚の尾から頭にかけて擦れば簡単に取り除ける)。①開いて、②洗って、③塩水に浸けて、④また洗って、⑤干す。わずか5工程だ。

せっかくなら鮮度のいいアジを選びたい。我らが干物師匠の内田清隆さん、素人にもできる目利きの方法を教えてください。
「ゼイゴがしっかりついていて、皮がブニャブニャでないことが鮮度を見極めるポイントです。スマートな体型のアジよりも、丸みを帯びていて腹がふっくらしたアジを選びましょう。脂がのっている証拠だからです」

魚
皮がブヨブヨしておらず、なるべくころんと丸く太ったアジを選ぼう。
魚
アジの特徴は、体側に走るとげ状の硬いウロコ“ゼイゴ”があること。口当たりが悪いので、たとえばアジフライにするなら包丁で削ぎ取るが、干物の場合は焼けばわからなくなるので、取らなくてOK。

次は干物づくりに必要な道具を用意しよう。
●包丁
●まな板
●歯ブラシ
●ボウル
●干し網

干し網は100円ショップのアウトドアコーナーでも買えるけれど、ハエが寄り付かない寒い時期なら洗濯物の小物干しでも代用できる。包丁は小出刃が使いやすいが、なければ万能包丁でもかまわない。あとは塩と水があればいい。

包丁
右から万能包丁、ヴェルダンのステンレス製小出刃、「島源商店」で実際に使われている鋼の小出刃。ちょくちょく魚をさばくならぜひ作業のしやすい小出刃を買うことをお勧めするが、アジくらいの小魚なら万能包丁でも十分。
青い干物用の網
青い干物用の網は百均でも買える。開口部がファスナーで閉じるので虫が入らない。虫の来ない冬場は、靴下やハンカチなどを干すような小さな洗濯物干しも手軽でお勧め。

魚は「縦に置く」が基本。力が入りやすく、怪我をしにくい

さっそくアジを開きにしよう。あれ? 内田さんは魚を横(さばく人に向かって水平)ではなく縦(垂直)にしてまな板の上に置いているぞ。
「“縦置き”のほうが力が入りやすく、包丁が見えやすいからです。怪我をしにくくなります」
やってみたら、確かにその通り! 体をねじらないので余計な力を入れずに済む。大きな魚だと頭を切り落としたりするときに横向きにせざるを得ないけれど、アジの開きは頭を残すのでその必要がない。
アジの開き方については、下の写真のような要領で開いていくのが基本。このたび島源商店流「プロの七手」を教わった。我々素人でも真似できるさばき方なので、次回で詳しく紹介したい。内田さんはこの七手を高速かつ正確に繰り出して1時間に300匹ものアジを開くという。まさにプロフェッショナル!

各パーツの名称をざっと頭に入れよう。
魚は自分に垂直の向きに、「縦置き」する。
エラの下から包丁を入れ、肛門の先まで切る。
エラの下に包丁を差し入れて、エラごと内臓を引っかき出す。
背骨(中骨)に沿って包丁を入れ、身が開くようにぐっと切り目を入れる。
上下を返して頭を割る。
もう一度上下を返して身を開き、刃先で上から下に包丁を入れ、切り残した部分(と首尾びれ付近)をグイッと開けば、アジの開きの完成。

「8%の塩水に、12分間浸ける」から始めてみよう

開いたアジはボウルに入れた水の中で、歯ブラシを使って掃除する。もちろん、流水でもよい。背骨近くにある血合いとエラの周りを重点的に。血や内臓が残っていると生臭さのもとになるからだ。包丁を使わない作業なので少し気が楽だ。鼻歌でも歌いたくなる。
「開いてからは魚から水に旨みが溶け出しやすくなります。この作業はできるだけ手早く手際よく行ってください」
のんびりやっていたら、内田師匠から指導が入った。す、すみません……。どの工程も集中しなければいけない。

魚
血や内臓が残らないように歯ブラシで掃除。魚の旨味が水に溶けださないように手早く!
魚
掃除完了!きれいになりました。

掃除が終わったら、ボウルにつくった塩水に浸ける。島源商店では「塩分濃度8%。浸け時間12分間」を基準として、魚の大きさや鮮度、脂などで調整している。水1リットルに80グラムの塩だ。塩が意外と少ない気がするけど、海水(塩分濃度3.4%)の倍以上ある。これでつくった干物の塩味が薄いと感じたら、自分の好みに合わせて濃度を上げればいいのだ。

魚
魚の身に直接塩をふって干物をつくる方法もあるが、塩水に漬けるほうが味にムラができず、塩分もコントロールしやすい。

ピピピピッとキッチンタイマーが12分を知らせたら、アジを塩水から取り出して真水ですすぐ。この作業を忘れると、時間が経つにつれて必要以上の塩がアジに入ってしまう。塩水に浸した魚体から水分と一緒に浮き出せた汚れを洗い流す、という意味もある大事な工程だ。

魚の身
塩水に漬けた後は、さっと真水ですすぐこと! 汚れを取り、塩分が入りすぎるのを防ぐ。きれいな味わいに仕上げるためのひと手間だ。

身の表面を押して指紋がついたら、あと30分で完成!

洗ったアジをキッチンペーパーで拭き、いよいよ最終工程。といっても、干し網に並べるか(身は上に向ける)、小物干しで魚を吊るすだけ。ここで島源商店流の工夫がある。身の表面を、尾から頭に向かって一定方向に手でなでつけることだ。
「キメが揃い、仕上がったときに照りが出るからです。味は変わりませんけど。見た目は大事です」。このときに「美味しくなーれ」と念じながらなでつけるべし、と内田さん。ひと手間をかける気持ちが干物を美味しくするのだ。

アジ
干す直前に尾から頭に向かって身の表面を指でなでつけると、ツヤのある美しい仕上がりになる。見た目も大切だ!
干す
干していると汁がたれることがある。気になる人は受け皿を置いておこう。

「身の表面を指で押して指紋がつくけれど水気でベタベタはしない状態、が生干しです。うちはそこから20分~30分間干しています。さらに干せばやがてカチカチの“堅干し”になっていきます。ムロアジなど、噛めば噛むほど旨み出る魚は堅干しが向いています」
気温21℃で少し風があったこの日は、1時間半で干し上がった。内田さんによれば、気温は15℃~17℃がベストらしい。寒いと乾きにくいし凍ってしまうこともある。逆に、暑すぎると腐る危険が高まる。

干物
表面が乾いてきて、指で押したときに指紋が残るくらいになった。この“生干し”の状態になったら、あと20~30分干して完成。

さあ、できたての干物を焼いて食べてみよう。内田さんが用意しておいてくれたカセットコンロに火をつけ、網を十分に温めてから焼く。両面がちょっと焦げるぐらいによく焼くのがポイントのようだ。

焼き網からお皿に移した直後のアジに箸を入れる。おお~、ホックホクの食感で旨味もたっぷり! 僕が普段つくる干物よりも塩が甘めだったけれど、干したて&焼きたてはその薄味ゆえに上品に美味しいのだと知った。塩分控えめなので食べ疲れないのもいい。ご飯も酒もなくてもどんどん進んでしまった。自宅のグリルでも再現可能だ。早く家に帰って実践したい!

次回は、内田さん直伝の迅速かつ美しい開き方を紹介する。島源商店流「プロの七手」だ。お楽しみに!

焼き網はまず、数分間よーく焼いて熱々にしてからアジをのせるのがコツ。くっつきにくくなるし、香ばしく仕上がる。
干物
【大宮冬洋の干物日記】新鮮すぎる魚は塩分が入りにくい!
○月△日 
「何かが足りない。旨味が凝縮されていない気がする」
ある日の夕食で妻から言われて衝撃を受けた。自分で食べてみると、確かに味が足りない。その日の朝に近所の港で漁師から仕入れたセイゴ(スズキの稚魚)を開いて干した自家製干物なのに……。
塩水の濃度は目分量で、浸け時間は30分間。干し時間だけは内田さんの教えに従って「身に指紋がつくようになってから30分間」を守った。これで旨味が凝縮されていないのは塩分濃度の問題なのだろう。獲れたて締めたての魚は新鮮すぎるので塩が入りにくかったのだ。もう少し塩を多くするべきだった。
でも、水も塩も「適当」だったので次に同じような魚で干物をつくるときの参考にならない。失敗を次に生かすためにも、慣れるまでは面倒臭がらずにちゃんと量ろうと思う。撮影=大宮冬洋

教える人

内田清隆(「島源商店」専務)

1977年生まれ、東京都江戸川区出身。2005年、妻の実家である「島源商店」に入社。旬の魚を目利きし、脂乗りや身の厚さに応じて仕込み、干し台の向きや干し時間を天候によって変えるなど、魚と塩と天日だけを使った干物づくりの伝統を受け継ぎ、「一口食べれば味の違いを実感する」干物づくりに精進している。内田さんの義父である島田静男さんは『かんたん干物づくり』(家の光協会)という一般向けの本も監修。

島源商店
住所:静岡県伊東市松原本町4‐8
TEL:0557‐37‐2968
http://www.shimagen.com/index.html
※明治30年創業の干物店。卸が中心だが、店頭でも購入可能。

文:大宮冬洋 撮影:牧田健太郎

大宮 冬洋

大宮 冬洋 (ライター)

1976年生まれ。埼玉県所沢市出身。2012年、再婚を機に愛知県蒲郡市に移住。潮干狩りの浜も深海魚漁の港もある町で魚介類に親しむようになる。現在は蒲郡と東京・門前仲町の2拠点生活を送る。インタビュー記事なのに自分も顔を出す「インタビューエッセイ」が得意。関心分野は人間関係と食。自分や読者の好きな飲食店での交流宴会「スナック大宮(https://omiyatoyo.com/snack_omiya)」を東京・大阪・愛知などのどこかで毎月開催中。著書に『人は死ぬまで結婚できる』(講談社+α新書)などがある。