刺身より旨い干物をつくる!〜「島源商店」干物修業体験記〜
インドア派の僕が干物づくりに目覚めた理由

インドア派の僕が干物づくりに目覚めた理由

新鮮な魚から適度に水分を抜いて旨味を凝縮させるのが干物。「上手につくれば刺身よりも旨いのでは!?」。かつては魚に触ったこともなかった文系インドアライターが、魚にハマり、干物に惹かれた理由とは?

台所で魚をさばいていると、パソコンで疲れた目と脳がほぐれていく

最近、魚をさばくことが楽しくて仕方ない。自宅の小さな台所で、リアルな真剣勝負を味わえるからだ。魚のヒレは鋭くとがっていたりして油断ならないが、新鮮な魚が劣化しないうちにさばきたい。手早く、そして慎重に!やがて魚と向き合う緊張感が心地よい充足感に変わり、パソコンで疲れた目と脳がほぐされていく。

以前の僕は魚をまったくさばけなかった。でも、義父や友人に釣りに連れて行ってもらった後、釣果をおっかなびっくりさばいたら、周囲の女性から「魚をさばける人はカッコいい」などとおだてられた。えっ、そうなのか。モテるなら上達したい。本棚にあった『魚をさばく』(NHK出版)という本を見ながら少しずつ覚えた。
最初は下手くそなので、三枚おろしをしたら身がボロボロになってしまった。でも、同じ魚種を何匹もさばいていると、魚の構造がわかり包丁遣いのコツがつかめてくる。上手にさばければ料理も美味しくなる。少しずつでも成長するって楽しい。苦労してさばいた魚たちをバットに並べると、ツヤツヤに光って見える。この達成感と誇らしさ!

魚をたくさんさばけば腕が上がる。それを安く分ければ家族と近所に喜ばれる

大宮 冬洋さん
自宅の小さな台所で魚をさばき、水けをふいてバットやボウルに並べる。ちゃんとさばいておけば、刺身などの料理は簡単です。
魚

首都圏の住宅地で生まれ育った僕は、30代半ばまで海とは縁遠い人生を送っていた。ところが結婚を機に妻の実家のある愛知県蒲郡市に引っ越してからは、静かな三河湾が目の前にある生活に変わった。
アサリやエビ、シャコ、ワタリガニの産地として全国に知られるこの海には、スズキやクロダイ、カレイ、メバルなど、さまざまな魚がいる。近所の小さな漁港で漁師から獲れたての魚を買えることを知り、余裕のある朝はクーラーボックスを持って海に行くようになった。
港の漁師や常連客に締め方や料理法を教えてもらいつつ、多いときは50匹ほど購入。自宅で悪戦苦闘しながらさばいて写真を撮り、同じマンションに住む人たちなど近所の魚好きにLINEで連絡。「今日はセイゴ(スズキの稚魚)。大きめのサクが一切れ500円です」といった具合だ。仕入れてさばいた魚の3分の2ぐらい売れたら我が家の魚代はゼロになる値付けをしている。僕の労務費は入っていないけれど、趣味なので問題ない。
僕が「鮮魚部」と称しているこの活動、都会の人だって実践できる。魚屋で魚を丸のまま買うことから始めてみよう。さばくのに不慣れで骨に身がたくさん残ってしまっても、骨ごと塩焼きにすれば食べられるから心配はいらない。
少し慣れてきたら、自分でさばいた魚をつまみにして家飲みを企画。下手な刺身でも家族や友だちならほめてくれるだろう。その頃には魚をさばくことの面白さにハマっていて、もっと上達したいと思っているはずだ。「魚は好きだけどさばくのは無理!」という人がいたら、「僕がさばいたのを分けようか?」と提案してもいい。こちらはたくさんの魚をさばいて腕を磨けるし、あちらは切りたての魚をリーズナブルに入手できる。これが共存共栄の鮮魚部活動だ。

魚をさばいたら、写真を撮ってご近所の「鮮魚部」メンバーにLINE。自宅の玄関もしくはベランダに買いに来てもらっています。
1,000円でだいたいこれぐらいのボリューム。おまけもたくさん付けて喜ばせたい!
我が家はマンションの1階なので、ベランダ越しでのやりとりも可能。おしゃべりを楽しめる魚屋さんごっこです。毎度あり~。
鮮魚部メンバーでの宅飲み。刺し盛、セビーチェ、串アサリ、メヒカリの干物、パエリアなど魚介手料理を持ち寄って大いに飲みました。

たくさん獲れる旬の魚は干物にすれば長く食べられる!しかも意外なほど簡単

鮮魚部活動をしていると、同じ魚がたくさん獲れるときのほうが、元気で脂ののった個体が多いのがよくわかる。これが旬の魚なのだ。

贅沢な話だが、どんなに美味しくても、同じ魚の刺身ばかりを食べていると飽きてしまう。昔の人はこういうときに干物を思いついたのだろう。塩を強めにしてよく乾かせば、冬場ならば常温でも保存が効くし、冷凍庫のある現代ならば甘塩でも1ヶ月は保存できる。鮮魚店で旬の魚を一山買ったときも、すぐに食べない分は干物にすれば長く食べられる。
僕も100円ショップで干し網を買い、本やYouTubeを参考にして干物をつくってみた。さばいた魚を塩水に浸けて干すだけなので簡単だ。友人宅を訪れるときの手土産としても好評。焼いて食べるだけなのでもらった側も気楽だし、自分でつくった干物なので語ることはいくらでもある。宅飲みで酒肴として出すのにもちょうど良い。

干している様子
ベランダに干物を干しているだけでご近所さんから「見ましたよ。もう魚屋ですね!」などと一目置かれます。ちょっといい気分です。
魚

無添加・天日干しを貫く干物店で、“刺身より美味しい干物”を習いたい!

何度もつくっていると、だんだんと欲が出てくる。僕がつくった干物はかすかに乾いたような匂いがしてちょっとパサつく。保存食の域を超えていないのだ。新鮮な魚から適度に水分を抜いて旨みを凝縮させるのだから、本来はもっと美味しくできるはず。塩焼きや刺身よりも旨いぞ、と言い切れるぐらいの干物をつくりたい!

静岡県の伊東市に「無添加・天日干し」で干物づくりを続ける「島源商店」という店がある。この店の干物は魚の味がしっかり感じられて、変な匂いはまったくしない。骨周りについている小さな身まで残さず食べたくなる。静岡の人気温泉旅館の朝食で出されたり、Oisix(有機野菜などの食材宅配サービス)の干物として選ばれているのも納得だ。

天日干しの魚
海風も当たる「島源商店」屋上の天日干し。気温や日差し、風の強さなどで干し時間を調整しています。

現在の島源商店は、娘婿である専務の内田清隆さんが中心となっている。内田さんは結婚するまでは東京でまったく別の業界で働いていた人物。魚さばきのネイティブではないだけに、素人が困るポイントもよくわかっているのが頼もしい。
次回以降、島源商店で干物修業をさせてもらい、その内容をできるだけ細かくレポートしていく。刺身より美味しい干物をつくって食べたい人、それを友人知人にも渡して喜ばせたい人、来月から僕と一緒に楽しく学びましょう!

教える人

内田清隆(「島源商店」専務)

1977年生まれ、東京都江戸川区出身。2005年、妻の実家である「島源商店」に入社。旬の魚を目利きし、脂乗りや身の厚さに応じて仕込み、干し台の向きや干し時間を天候によって変えるなど、魚と塩と天日だけを使った干物づくりの伝統を受け継ぎ、「一口食べれば味の違いを実感する」干物づくりに精進している。内田さんの義父である島田静男さんは『かんたん干物づくり』(家の光協会)という一般向けの本も監修。

島源商店
住所:静岡県伊東市松原本町4‐8
TEL:0557‐37‐2968
http://www.shimagen.com/index.html
※明治30年創業の干物店。卸が中心だが、店頭でも購入可能。

文:大宮冬洋 撮影:牧田健太郎、大宮冬洋(「鮮魚部」の写真)

大宮 冬洋

大宮 冬洋 (ライター)

1976年生まれ。埼玉県所沢市出身。2012年、再婚を機に愛知県蒲郡市に移住。潮干狩りの浜も深海魚漁の港もある町で魚介類に親しむようになる。現在は蒲郡と東京・門前仲町の2拠点生活を送る。インタビュー記事なのに自分も顔を出す「インタビューエッセイ」が得意。関心分野は人間関係と食。自分や読者の好きな飲食店での交流宴会「スナック大宮(https://omiyatoyo.com/snack_omiya)」を東京・大阪・愛知などのどこかで毎月開催中。著書に『人は死ぬまで結婚できる』(講談社+α新書)などがある。