マグロをめぐる冒険。
マグロ仲卸「石司」の流儀。

マグロ仲卸「石司」の流儀。

築地から豊洲へ。市場が変わっても、マグロの価値が変わることはない。同じく、マグロ仲卸の仕事もなんら変わることはない。国産本マグロを競り落とし続けて80年近くになるマグロ仲卸「石司」。番頭を務める中島正行さんは、人生の多くをマグロと共に生きてきた。

マグロと共に生きる。

競りで落札したマグロはその日のうちに解体される。100kg以上にもなる巨体は、ネコと呼ばれる特別な引車に乗せなければ運ぶことはできない。店に到着するやいなや「石司」の番頭である中島正行さんの合図で解体が始まった。200kgを超える大物にもなると、従業員が3人がかりで挑む。

中島さんは高校卒業後、やはりマグロの仲買人だった父の背中を追いかけてこの世界に飛び込んだ。あれから30年。以来、何匹のマグロを競り落とし、さばいてきたかわからない。
「マグロは頭と中骨、血合いなど粗と呼ばれる部分をひくと、商品にできるのは7割程度。捨てるところが多い歩留まりが悪い魚なんです。競り値はそれらを含み込んだ値段ですから、はっきり言って、買えば買うだけ赤字なんて日もありますよ」
鮨屋では「今日のマグロは大間産です」などと、店の主人が一言添えて出すケースが多い。それは間違っていないのだが、大間産のマグロでも、どの部位なのかによって当然、値段は異なる。
違う言い方をすれば、その鮨屋が、どの部分の大間産をもっているかで、その店の「格」が決定される。誰もが同じマグロを使っているようで、そこには魚河岸特有の列記としたヒエラルキーが存在するのだ。

トロはマグロのどの部分?

ここでマグロの部位について説明しよう。泳いでいるマグロを想像してみてほしい。魚の上身を支えている中骨から上の部分を「背」。逆に下の部分を「腹」と呼ぶ。また、エラから背びれの部分を「カミ」、真ん中を「ナカ」、逆に背びれから尾にかけて「シモ」と呼ぶ。
私たちが「トロ」と呼ぶのは「腹」の部分。冬場になると皮と身の間に、1cm近い真綿色の脂を蓄え、薄い桃色の身には牛肉と見紛うようなサシが入る。エラ下のカマの部分は、脂が蛇腹状に入っていて「砂擦り」と呼ばれ珍重される。
昨今、トロよりも人気があるのが「赤身」だ。中骨から背にかけての部分で、背と腹身の間にある血合いと呼ばれる部分に近いほど、マグロ特有の血の匂いが強くなる。トロのようなサシは入っていないが、口に入れたときに広がる独特の酸味、舌にまとわりつく柔らかな食感、プンッと鼻に抜ける香りは、赤身でないと味わえない。
最も稀少とされ高価なのは、一匹のマグロからふたつしかとれない「腹カミ」と「背ナカ」だ。これらを仕入れてこそ、鮨屋はその格が認められると言ってもいい。

ひと口にマグロと言っても、トロと赤身が別物であるように、部位によって味わいも見た目も値段も大きく異なる。
ひと口にマグロと言っても、トロと赤身が別物であるように、部位によって味わいも見た目も値段も大きく異なる。

「うちが素人や一見に魚を売らないのは、長い付き合いの中で儲けさせてもらうからです。とくに腹カミはキロ単価の2倍から3倍の値をつけなければ本当は採算が合わない。それでは客に負担を強いるだけなので、往々にしてそれよりも少し安い値で提供しています」

誰がためのマグロなのか。

解体されたマグロは、その日の注文に応じて、さらに小さな塊に切り分けられる。中島さんは、常にどの客に、その部位を、どのタイミングで提供するか、複数ある客の注文と手元にあるマグロの数とを、まるでパズルのように組み合わせ、頭の中でシュミレーションしているという。
「いつも頭の中にあるのは取引先の鮨屋のマグロの在庫ですよ。品質のいい魚はいつもあるわけではない。注文をもらってからでは対応できない場合もある。だから、いつも先回りをして競り落とすマグロの数を決めています。予想通り、電話が鳴ったらしめたものです」

中島さんは強面であるが、話すと茶目っ気もあり、マグロのことになると真摯な姿勢で答えてくれる。
中島さんは強面であるが、話すと茶目っ気もあり、マグロのことになると真摯な姿勢で答えてくれる。

解体されたマグロの半身から切り出される塊を「コロ」と呼ぶ。その断面は瑞々しく、空気に触れると徐々に真紅の色を帯びてきて見る者を惹きつける。このとき、中島さんが使うのは自分の名前が刻まれた特注の半切包丁。重さは2kg、刃渡りは1m。ギラギラと稲光りしていて、まるで鉈のようだ。通常の半切包丁の3倍の重量がある。
「この重みを使ってマグロの断面に艶が出るように切ります。刃を乗せれば、あとは包丁の重みにまかせるだけ。豊洲の開場に合わせて2年かけて鍛冶屋につくってもらいました。もう、この包丁を打てる職人がいないんです」

中島正行さんは、この道30年。伝家の宝刀と言ってもいい重さ2kgの半切り包丁でマグロを切り分けていく。
中島正行さんは、この道30年。伝家の宝刀と言ってもいい重さ2kgの半切り包丁でマグロを切り分けていく。

魚河岸広しといえども、この規格外の包丁を使いこなせるのは中島さんしかいない。彼が思い定めた場所にザクリと包丁を入れる瞬間、どこからともなく「石司」の従業員が集まってきて、そのマグロの両端を抱きかかえるように固定する。その見事な連携は痛快だ。まさに、阿吽の呼吸。
中島さんは迷うことなく一気に包丁を滑りこませる。最後は両脇のふたりがわずかにマグロの身を持ち上げ、身と俎板台の間に空間をつくり、硬いマグロの皮を断つ。
中島さんは包丁の柄の部分を掌でガンガン叩く。そうでもしなければ、断ち切れないほど、マグロの皮は硬い。彼の掌にはコブのようなタコがある。マグロと格闘した証であり、勲章なのだ。

鮨職人に信頼されるということ。

中島さんの手を見せてもらう。掌には30年にわたってマグロをさばき続けてきた痕があった。
中島さんの手を見せてもらう。掌には30年にわたってマグロをさばき続けてきた痕があった。

東京・四谷荒木町にある「寿司金」主人の秋山弘さんは、東京でもマグロに並々ならぬこだわりをもつ職人だ。
今でこそマグロの稀少部位が珍重されているが、最初に「カマトロ」や「ヒレシタ」などの部位を考案し、握りに取り入れたのは秋山さんだ。
そんな秋山さんが仕入れを任せているのが中島さんで、その付き合いは四半世紀を超える。
「中島さんのマグロはね、その断面みただけでわかりますよ。あんなにストーンと美しい断面を出せる人はいません。値段なんて値切ったことも、聞いたこともないですよ」
その風体はふてぶてしいまでに豪快だが、仕事は極めて繊細。市場が築地から豊洲に変わっても、中島さんに漲るバイタリティーはほかの追随を許さない。マグロに人生を賭ける男は何も海の上にいるとは限らないのだ。

文:中原一歩 写真:鵜澤昭彦 動画:石崎俊一

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中原 一歩(ノンフィクション作家)

1977年、佐賀生まれ。地方の鮨屋をめぐる旅鮨がライフワーク。著書に『最後の職人 池波正太郎が愛した近藤文夫』(講談社)、『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』(文藝春秋)など。現在、追いかけているテーマは「鮪」。鮪漁業のメッカ“津軽海峡”で漁船に乗って取材を続けている。豊洲市場には毎週のように通う。いつか遠洋漁業の鮪船に乗り、大西洋に繰り出すことが夢。

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